中室:(笑)そうなんです。だからこそ、家庭の経営者となったつもりで、父親や他の家族が、自ら進んで家事や子育てに関与しようとするための制度設計をするほうが前向きではないかと思います。これが、経済学が「インセンティブ」(目標を達成するための動機)に注目する理由です。
私が実施した研究の中に、「勉強時間を延ばす母と父の関わり」を明らかにしようとしたものがあります。母親の関わりも非常に重要ですが、父親が勉強を見たり、勉強時間を決めて守らせていると、子どもの学習時間を伸ばす効果が高いことがわかっています。
出口:なるほど!
中室:もう一つの大きな発見は、父と母の役割の男女差です。お母さんが女の子に関わるのは、お父さんが関わるよりも効果が高い。一方で、男の子についてはお父さんが関わる方が、効果が高いんです。
同性の親の影響をより強く受ける。これは、学歴や社会経済的地位だけではなく、普段の習慣でもそういう効果があるようです。
男の子にとって最も強力なロールモデルは、お父さんではないでしょうか。海外で行われた研究では、息子は父の習慣などを受け継ぎやすく、母や祖父母は父の役割を代替できないことが示されています。アメリカのデータを用いた研究では、父親は母親以上に子どもとかかわることによって幸福感や意義を感じ、子育てのストレスや疲れも母親よりも低いことも示されており、子育てに積極的に関わることは、父親本人にとっても非常に大切なことなのではないでしょうか。
出口:なるほど、すごくよくわかりました。
人のコネクションを作っておくことは、とても大切です
中室:「父親が果たすべき重要な役割は、経済的なこと」と言われます。要するに、しっかり稼いで、子どもたちの生活費や教育費を稼いでくることこそ、重要だということです。しかし、そうした直感を覆すような研究結果もあります。アメリカで700万人の父親のレイオフを対象にして行った実験によると、父親がレイオフされると家計の収入に与える影響は大きいが、父親の所得が減ったことは子どもの大学進学や偏差値、初期のキャリアの収入に大きな影響を与えなかったことを明らかにした研究があります。つまり、父親がしっかり稼いでこようが、あるいは景気悪化の影響などを受けて運悪くリストラされ所得が大きく減少しようが、子どもの学歴や収入には影響しなかったというわけです。もちろんお金があることは重要ですが、ひょっとするとお父さんにはお金よりも大切な役割があるのではないでしょうか。
出口:その通りですね。
中室:例えば、予想できなかったような景気の悪化によってリストラされたとしても、子どもの教育に対する関心を失わなければ、銀行で教育ローンを組むとか、祖父母から援助してもらうなど様々な方法を試してみようとするでしょう。
出口:いわゆる、「ゆるいお友達」の議論ですよね? これもパットナムの本で読んだのですが「ゆるい紐帯」と言っているんです。
中室:コネクションのことですね。
出口:そうです。僕は「ゆるいお友達」と言っていますけれど、高学歴でリテラシーの高い人は、いろいろな人のコネクションがあるので、援助をもらう梯子の数が違うんですよね。
中室:そうです。社会学や経済学では社会関係資本とも呼んでいます。これはめちゃくちゃ大事なんです。
出口:そうでしょう。
中室:最近の経済学の研究では、社会関係資本の多い地域では犯罪の発生率が低いことが示されていたり、災害発生時の互助が見られたりすることなどが示されています。「ゆるいお友達」、大切ですね。