2024年11月24日(日)

特別対談企画「出口さんの学び舎」

2017年6月30日

出口:その通りですね。

中室:ただ悩ましいのは、一般向けの本を書いても、研究者としての業績にはならないという点です。一方で、海外の研究者はいわゆる「サイエンスライター」と呼ばれる職業の人たちと上手に組んで、研究成果を発信しているという印象を持っています。例えば、世界で400万部も売れた「ヤバイ経済学」という本は、シカゴ大学の経済学者であるスティーブン・レビット教授と、元ニューヨーク・タイムズの編集者であり、ジャーナリストで、スティーブン・ダブナー氏との共著なのです。研究者が書いて面白い本にするのは難しいので、研究の先端的な知識を一般書などで発信していくことを一緒にやれる編集者や出版社があれば良いと思います。

出口:まったくそうですね。僕は、慶應で言えば権丈善一先生をとても尊敬しているんですよ。社会保障の分野ではおそらく日本で一番詳しい方だと思うのですが、それほど有名にならないんです。なぜかといえば、新聞記者が取材に行くと「こんなことも勉強してないのか!」とか言って追い返されるそうですから(笑)。

中室:はい。

出口:いくら素晴らしい研究をしていて、プロの間で知られていても、一般の人に真実が知れ渡らないと社会を動かす力にはなりません。権丈先生も最近は優れた入門書を書いておられます。学者の基本は、学問と教育の2つですよね。そう考えたら、教育というのは学生を教えるだけではなく、広く世間に知ってもらうことがすごく大事な役割だと思うんです。

 数字とファクトできちんと議論をしていけば、悪貨は必ず駆逐できる。悪貨がのさばっているということは、良貨を供給する人が圧倒的に少ないからです。

中室:そう考えると、やはり、研究のアウトリーチに対してもインセンティブが必要だと感じます。実際に、一般書を書いたり、テレビに出たり、あるいは霞が関と付き合ったりするのは、研究者からみると「割に合わない」仕事なんです。時間的な拘束が長いし、専門的な内容をわかりやすく伝えるのは極めて骨の折れる仕事です。

 現在、特に国立大学は、予算の獲得が非常に難しくなってきていますから、研究費などでインセンティブをつければ、研究者も積極的にアウトリーチをするようになるかもしれませんね。

出口:社会全体で考えることが必要ですね。

中室:はい。私は、経済学の研究成果が社会で活かされれば、もっと良い社会になると思います。

根拠なき精神論より、「数字」「ファクト」「ロジック」

中室:いろいろなことを変えていくには、インセンティブのメカニズムから変えることが重要だと思います。

出口:歴史オタクの僕に言わせれば、上手なインセンティブを設計できた社会が生き残っていくんです。仕組みが上手に設計できない社会は衰退していくだけの話です。

中室:これ、家庭もそうですよね。先ほどの話じゃないですけれど「お父さんがなぜ家事を手伝わないの?」って愚問ですよ。

出口:たとえば全部手伝ったらお小遣いを1000円アップするとか。

中室:そういう仕組みを考えたほうがいいんです。そうすればうるさく言わなくてもちゃんとやるようになると思いますし、「目標を見える化する」のでもいい。やはり、インセンティブのメカニズムを変えていく方が、1時間説教するよりもはるかに効果的です。

出口:僕は、学生を勉強させるのは簡単やで、と言っているんです。経団連の会長と全銀協の会長が記者会見して、「優が8割なかったら、採用面接しません」と言えば、それで終わり。英語力を上げようと思ったら、「TOEFL 100のスコアを持ってこなければ面接しません」と言えばいい。

中室:そうすれば大学も変わりますよね。どの学生に優をつけるかということにセンシティブになれば、真面目に授業をせざるを得ないし、真面目に評価の仕組みを考えざるを得なくなります。大学の授業も変わります。

出口:学生も必死になるので、いいかげんに成績をつけられたら怒りますよね。僕は大学改革というのは、企業の採用を変えることが一番だと言い続けているんです。需要と供給の関係なので。

中室:大学側の人間としては、やっぱり成績で採用してもらいたいですね。卒業論文の内容などもしっかり見てもらいたいです。

出口:当たり前ですよね。しかし、企業は全く成績を見ません。内定出してから参考までに成績表をもらうという。そんな社会で、誰が勉強すんねん! と思いますよ。でも工場モデルだとそれで問題ないんですよね。素直で、黙って、ベルトコンベアの前で働いて、協調性があれば、工場モデルがワークするから。学生みんながスティーブ・ジョブズみたいだったら、工場は動きません。

中室:確かに。

出口:でも今は、サービスモデルの社会になっているので、変わらなきゃいけない。日本の停滞は、野球がサッカーに変わったのに、まだ長時間残業して素振りをやっていることです。そんなの疲れるだけですよ。

中室:先ほどの話に戻りますが、「根拠なき精神論の支配」というのは、もっとも何とかしなければいけない問題ですね。私は最近、企業経営、教育、スポーツなどさまざまな調査の依頼を受けるのですが、いずれも伝統的な価値観や精神論の支配です。

出口:僕、高校時代に山岳部で毎週山に登っていたんですが、そのときに教えられたのは「頂上に着くまでは水を飲んだらあかん」ってことだったんですよ。

中室:えっ、死んじゃう!

出口:おかしいですよね。すべてがこんな感じでしょう。

中室:本当にそうです。精神論でやっていくと、仕事って増えていくんですよ。だから、学校が今、教員の仕事がいっぱいあって、ブラックというほど増えていくのは、まさに非合理な精神論が支配しているからだと思います。

出口:これは、ビジネスの世界でもよくある話です。根拠なき精神論は、同じ人生観とか美学を持っている人にとっては天国ですが、そうでない人にとっては地獄。だから、精神論を振りかざすような人は、マネージャーになったらダメなんです。根拠なき精神論の世界から、エビデンス、数字、ファクト、ロジックの社会に変えていかなければなりません。

中室:それが全てだとは思いませんが、日本の社会はバランスが悪すぎますよね。いつも精神論で解決しているように見えます。

出口:だから僕は、「数字、ファクト、ロジックだけだ」としばらくは言い続けようと思っているんです。本当はバランスが大切ですが、今は99対1くらいで精神論やエピソードが勝っている。だから1のエビデンスがすべてだと言い続けないと、この社会はよくなりません。

中室:やっぱり科学が大事、そしてリテラシーを上げていくことが大事ですね。

中室牧子(なかむろ まきこ)
1998年慶應義塾大学卒業後,Columbia University, School of International and Public Affairsで修士課程を修了(2005年,MPA),Columbia University, Graduate School of Arts and Scienceで博士課程を修了(2010年,Ph.D.)日本銀行や世界銀行を経て2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任。著書に『「学力」の経済学』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)など。
出口 治明(でぐち はるあき)
1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業。ライフネット生命保険株式会社代表取締役会長。日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2016年6月より現職。
主な著書に
『世界一子どもを育てやすい国にしよう 』出口治明・駒崎弘樹(著)(ウェッジ)、『「働き方」の教科書: 人生と仕事とお金の基本』(新潮文庫)他。



















▼特別対談企画「出口さんの学び舎」
・木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)
・森本あんり(神学者、アメリカ学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)
・池谷裕二(脳科学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)


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