2024年11月22日(金)

オトナの教養 週末の一冊

2017年7月28日

 もう1つ大きな要因は、2000年に最高裁判所の判決が出た「電通事件」です(注:91年に当時24歳だった大手広告代理店・電通の社員が自殺。裁判で弁護側は、過重労働により精神疾患に罹患し、自殺したため、死の責任は電通側にあるとした。00年の判決では、電通側の責任が認められた)。労働者とその家族、弁護士、医師らにより、過労うつや過労自殺に関する国や企業の責任を問うたことは、メンタルヘルスに関し、世界的に見ても画期的な出来事でした。

 こうして精神医学の臨床知というよりは、むしろ法廷論争とその後の労働政策の改定もあってうつ病のストレス言説が広まりました。

 以上のように、体の病としての抗うつ薬マーケティングの成功と、うつとはストレスに晒されれば誰もが罹る社会的な病だというストレス言説が、90年代以降の不況と重なり、さらに、政府がストレスチェック制度の法制化を進めることでお墨付きを与えたことで、現在のような状況になったのです。

――日本のようにストレスを原因とするうつ病言説も珍しいのでしょうか?

北中:さまざまな調査が行われていますが、ストレスが精神障害の原因となる場合もあれば、そうでない場合もあり、ストレスが直接的な因果関係だとは科学的に確立されていません。

 ストレスに関する研究は難しく、状況も様々ですし、同じ個人でも、上昇気流に乗り絶好調な時は、多少の過重労働もストレスには感じません。しかし、いくら仕事をしても認められず徒労感が強いときや、周りからのサポートが得られないときは、仕事量が多くなくともストレスが強まるでしょう。ストレスでは仕事の量のみならず、その質や主観的経験が重要になってきます。

 厚生労働省は、「ストレスー脆弱性」理論を採用しています。この理論は元々統合失調症の研究から生まれた発想で、一定のストレスである環境因と、個人が持っている内面的な要因の相互作用で精神障害が発症するとする立場です。外的要因のストレスについては労働時間などである程度数値化が可能ですが、その質や、個人がそれをどう受け止めたのかという主観的・内面的な要因をどう測るかは難しいところです。

 企業としては、うつ病を発症しやすい人をスクリーニングしようとして、専門家に内面的な要因についてアドバイスを求めます。しかし、専門家達は、そうすると日本企業が求めているような勤勉で、真面目な人たちをスクリーニングアウトしてしまうのではと危惧しています。

――日本企業で行われているストレスチェック制度に問題点はないのでしょうか?

北中:本来は、自殺予防の名目で導入するはずでしたが、結果として一般的なメンタルヘルスのマス・スクリーニングへと変わりました。まず、個人のプライバシーの問題があります。他には、現在のストレスチェックでは偽陽性と言われる、実際には精神障害でない人を陽性としてしまう点です。偽陽性の社員を、精神科医との面接につなげても実際には病気ではないので、非効率で、非経済的です。また、診断のリスクそのものがストレスになりかねないので、臨床的にも難しいシステムだということが、専門家達の指摘するところです。


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