2024年12月22日(日)

安保激変

2017年11月2日

 前稿で紹介したNPRと並んで注目されるのが「ミサイル防衛見直し(Ballistic Missile Defense Review:BMDR)」である。BMDRは2010年にオバマ政権によって初めて策定された文書であり、弾道ミサイル脅威を分析し、ミサイル防衛政策と計画・予算・取得プロセス、役割・責任、試験プログラムなど検討するための文書として位置づけられている。

 BMDRがNPRとは別個の文書体系として策定されるようになった背景は、ブッシュ政権のNPR2001で掲げられた、「新しい三本柱(new triad)」と呼ばれる概念と合わせて整理する必要がある。NPR2001では、(1)伝統的な核戦力の「三本柱」と通常の精密打撃能力をまとめて一つの柱と位置づけるとともに、(2)ミサイル防衛と、それらを支える(3)即応可能な関連インフラを「新たな三本柱」の構成要素とした。米国の抑止戦略を核抑止力に限定せず、精密誘導兵器やミサイル防衛を組み合わせた総合的戦力によって下支えするという発想は、オバマ政権においてNPRとBMDRを合わせて策定することによって体系的に引き継がれた。こうした整理は、米国の専門家の間でも所与のものと考えられており、トランプ政権においても継続されると見てよい。

(iStock/MiroNovak)

「弾道ミサイル防衛」から「統合防空・ミサイル防衛」へ

 だがこの8年間のうちに、戦略環境評価に関していくつかの変化が見られるようになっている。その一つが、米国や同盟国に及ぶミサイル脅威が、今や弾道ミサイルに限ったものではなくなっているという点だ。具体的には、ロシアや中国による巡航ミサイル脅威の増大とその拡散、更には両国が開発を進めているとされる極超音速滑空弾頭(hypersonic glide vehicle=弾道ミサイルとは異なる軌道をマッハ5以上で滑空する)がその一例である。その結果、ミサイル脅威への対処枠組みは、「弾道ミサイル防衛(BMD)」から、「統合防空・ミサイル防衛(Integrated Air and Missile Defense:IAMD)」と呼ばれる概念に置き換わりつつあるのが現状であり、トランプ政権におけるBMDRも、実質的には巡航ミサイルや極超音速滑空弾頭への対処などを含んだ包括的な見直しになると見られる。

 この文脈から注目されるのが、東欧に配備しているイージス・アショアとIAMD能力に関する内容である。オバマ政権は、欧州段階的ミサイル防衛構想(EPAA)と呼ばれる計画に基づき、ルーマニア(デヴェセル)とポーランド(レジコヴォ)の2か所にイージス・アショアの配備を開始。ルーマニアでは既に2016年に初期運用能力が達成され、ポーランドでも2018年の稼働が予定されている。

 イージス・アショアは、イージス艦に搭載されているレーダーやミサイルを発射するための垂直発射管(Mk41VLS)などをほぼそのまま陸上に移植した施設であるため、構造上はイージス艦と同様、多種多様なミサイルを発射することが可能である。ただし、現在東欧に配備されているイージス・アショアは、専用ソフトウェアなどを用いたベースライン9Eと呼ばれる仕様に改修することで、Mk41VLSから発射可能なミサイルをBMD専用のSM-3に制限している。

 こうした自制的な運用の背景には、ロシアに対する政治説明とINF条約との関係がある。そもそもEPAAは、イランの弾道ミサイル脅威から欧州諸国を防衛することを主な目的として始まった計画であり、これまでにも米政府高官は「EPAAにロシアのICBMを迎撃する能力はなく、その戦略抑止(=対米打撃力)に影響を及ぼすことはない」との説明を再三繰り返してきた。更に言えば、ソフトウェアや電子システムをイージス艦と同様のものにしてしまうと、巡航ミサイルや航空機、短~中射程の弾道ミサイルにも対処可能なSM-6や、トマホークの発射すらも可能となる。このことは、ロシアによる「米国のイージス・アショアはロシアの能力を妨げようとするばかりか、それ自体がINF条約に違反するGLCM発射基であり、攻撃的意図を示すもの」との主張に正当性を与え、INF条約違反の責任を曖昧にしてしまう恐れがあった。

 ところが前稿の後段で言及したように、既にロシアはINF条約違反のGLCMを東欧正面に、それも両国のイージス・アショアを射程に捉える形で実戦配備しており、今後条約遵守に回帰してくることも期待できない。そこでトランプ政権のBMDRでは、東欧におけるイージス・アショアの能力制限を解除し、SM-6の導入によってIAMD能力を構築することを決定するかどうかが注目される。


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