本書は、肥満とは過剰な脂肪の問題である、という視点から、「脂肪の生物学」にかなりの部分を割いている。
「ヒトの体内で脂肪が果たす役割と、過剰な脂肪が引き起こす代謝と、その結果に対する私たちの理解は大きく変わった。これは生物学研究における刺激的な分野のひとつである」と、著者らは語る。
<脂肪組織が生理や代謝の調節装置であり、エネルギー需給の単なる結果ではないことは、すでに明らかになっている。脂肪組織は数多くのペプチドやステロイド、さらには免疫機能をもつ分子を産生し代謝している内分泌組織なのである。肥満がもたらす健康上の帰結の多くは、この内分泌器官、あるいは免疫器官としての脂肪の代謝作用が過剰になったことによる。つまり、生理機能の均衡が失われたということなのである。>
複雑に進化してきた生物システムを考えれば、肥満の対処法として薬を用いることには「健全な疑いをもつことを望む」と、著者らは訴える。
脂肪組織は内分泌の調節に関わっており、過剰な脂肪組織は、正常な調節機構からの逸脱を生む。その逸脱に薬で対処しようとするのは、思いがけない健康被害や代償的な代謝反応の引き金を引く可能性がある、というのだ。
病気を防ぐには、包括的アプローチが必要
本書を通して、進化生物学、生理学、分子生物学と、マクロからミクロにいたる多層的かつ統合的な視点で肥満を考察することで、肥満がもたらす健康被害にどう対処したらよいかが、クリアに見えてくる。同時に、「肥満に関連する健康状態を見る際に、生物への視点を欠くこと」の危険性にも、目を見開かせられた。
肥満は、現代社会への適応的で自然な反応である。その反応が適応的であるのは、過去においては外的要因が、食物摂取に上限を、エネルギー消費に下限をもたらしていたからである。
したがって、肥満関連疾患の多くは、少なくとも部分的には、増えた脂肪組織への生理的反応であり、そのことが引き起こす代謝や免疫、内分泌機能への影響の結果なのである。
「こうした反応を反転させ、病気を防ぐには、包括的アプローチが必要になる。一方で、今日見られる多くの治療アプローチは、そうはなっていない。単に血圧や血糖を正常範囲に戻すことによって、全身が健康になると考えているようにも見える。こうしたアプローチは、意図しない結果をもたらす可能性がある」。著者らの危惧はもっともであろう。
本書の警告に耳を傾けることで、脂肪に対する誤解や肥満への間違った対処法をわずかなりとも修正できるのでは、と期待する。
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