定年バックパッカー海外放浪記

2017年12月17日

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(2016.6.18.~9.14 89日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

カフェを営む日本人妻リカさん

 7月24日。リカさんとは温泉寺院で朝風呂を浴びた後で二度も偶然に出会った。村外れでカフェをやっていると聞いたのでランチの後で散歩がてらに遊びに行った。カフェから渓谷一帯が眺望できる。レモンハニーティーを飲みながらリカさんとおしゃべり。

マナリーからラダック地方に向かう山岳道路から望む荒涼とした山稜

 リカさんは年齢不詳で不思議な魅力を持った女性だ。雑談をしていると話題が幅広く知性と経験を持った女性であることが伝わってくる。推定42歳くらいであろうか。昨年結婚した旦那さんのジニは36歳。

浮浪児が行者になるまで

 リカさんはヒンズー教の聖地のリシュケシでジニと知り合った。ジニはリシュケシで行者をしていた。ジニが仕えていた高位の行者(ババ)の正式の承認をもらってジニは俗人に戻ることを許可された。そして昨年秋に裁判所で手続きをして結婚。ちなみにインドでは裁判所婚と寺院婚の二つの結婚の方法が法律で規定されている由。

 ジニはインド最貧州の一つであるベンガル地方のウッタル・プラデーシュ州の低いカーストの出身。5歳から食堂でボーイの仕事を始め、その後は縫製工場、電球製造工場などで毎日10時間から12時間下働きをさせられた。

北インド地方の定番の定食「ベジタブル・ターリ」 野菜カレー、ライス、野菜漬物のセット。お代わり自由のところが多い。

 父親は大酒飲みで母親はジニが物心ついたときにはいなかった。アル中の父親に愛想を尽かして逃げたようだ。ジニが8歳のある日のこと、疲労困憊して父親の服を洗濯せずに眠ってしまった。夜中に酔っぱらって帰宅した父親はジニを散々殴りつけて家から放り出した。

 浮浪児となったジニは流れ流れてリシュケシに辿り着いた。アシュラム(ヒンズー教の修行道場)の修行者に拾われサドゥー(行者)見習いとなった。24歳で行者としての資格を与えられて35歳まで行者の生活を続けてきた。子供の頃からグル(導師)に仕えて雑用をしていたので料理・洗濯・掃除など何でも得意という。しかし正規の教育は一切受けていないので現在でもほとんど字が読めない。

ラダック地方には亡命チベット人及びその子孫が多数居住している。「亡命チベット人市場」という名称のチベット土産品市場が各町にある。

彼を育てることは私の天地創造

 リカさんによるとジニはすごい寂しがり屋で少しでもリカさんの帰りが遅くなると外に出て彼女の帰りを待っている。リカさんがジニに惹かれた理由は精神の純粋さである。「修行以外に何もない人生を歩んできたジニの心は生まれたばかりの赤ん坊と同じ。ジニが私との現実社会の生活の中でどのような人間に育って行くのか楽しみ。ジニを育てることが私のこれからの人生の唯一の使命です」。

マナリー渓谷は英国統治時代からの避暑地。最近は冬季のスキー客も多い。

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