オトナの教養 週末の一冊

2018年2月23日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

 薬剤耐性菌に感染するだけではない。抗生物質の乱用は、私たちに常在する「内なる細菌」に影響を与え、そのはたらきを撹乱することがわかってきた。

 <明らかになったことは、私たちは自らの身体内にも複雑かつ精巧な微生物との生態系を有しており、その撹乱は、人類集団全体にとって大きな損失を何世代にもわたってもたらす可能性があるということであった。ここでいう健康上の問題とは、単に身体的問題にとどまらない。精神的棄損をも包括する。>

 本書を通じ、著者は一貫してこう論じ、「微生物との複雑な混合物」としての「私」という新たな視点を提起する。

子供時代における抗生物質の影響

 著者の山本太郎氏は、1964年生まれの医師。長崎大学熱帯医学研究所教授で、国際保健学、熱帯感染症学、感染症対策を専門とする。本欄で以前ご紹介した『失われてゆく、我々の内なる細菌』(みすず書房)(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5302)の訳者でもある。

 本書では、「抗生物質がなくて亡くなった祖父母、抗生物質耐性菌のために亡くなった祖母」という個人的なエピソードに始まり、プレ抗生物質時代から抗生物質時代、ポスト抗生物質時代という「抗生物質と人間」の歴史をたどる。

 ポスト抗生物質時代のいま、「現代の疫病」とも呼ばれる肥満、アレルギー、糖尿病の急増について、多くの研究者がヒト常在細菌、なかでも腸内細菌の撹乱が原因かもしれないと考え始めている、と著者は語る。

 <腸内細菌の撹乱は、抗生物質の過剰使用、高糖分、高脂質の食事が引き金になって引き起こされる。抗生物質の使用は、感染症の抑制を目的とするが同時に、私たちの身体に常在する共生細菌をも排除する。常在細菌の撹乱は、免疫機能の異常亢進をもたらす可能性がある。>

 とりわけ著者が懸念するのは、子供時代における抗生物質の影響である。

 イギリス西部のブリストル市を中心とした人口約100万人の地域で行なわれたエイヴォン親子長期研究では、乳幼児期の抗生物質の使用と、その後の肥満傾向について関連性が示唆された。

 この研究によると、約3分の1の子供が生後6か月以内に抗生物質の投与を受け、2歳までには4分の3の子供が投与を受けていた。結論として、生後6か月以内に抗生物質を投与された子供は、より肥満傾向にあった。

 生後早期の抗生物質暴露は身体を大きくする、あるいは、より多くの脂肪を蓄積する可能性が示唆されたのである。生後早期に抗生物質を投与されればされるほど、抗生物質の影響が強くなるという。

 マウスの実験でもそれが示されているし、家畜への抗生物質投与においても、同様の効果がいわれて久しい。

 ちなみに、本書によると、スウェーデンでは1986年に、成長促進を目的とした家畜飼料への抗生物質添加を禁止した。欧州連合(EU)は2006年に禁止したが、日本とアメリカはいまだに使用を続けている。

 肥満のみならず、自閉症の子供についても、乳児期の抗生物質使用が多く見られ、かつ、自閉症の子供の約半数が慢性的下痢などの消化器系疾患を抱えている、という。

 「胎児期や乳幼児期に受けた影響は、その影響が長くその後の人生に残る」と、著者は警告する。

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