ソニーの新社長に吉田憲一郎副社長が昇格する人事が発表された。子会社のソネットで8年間社長を務め、同社上場や多数のベンチャー投資を成功させた功績を買われて本体に呼び戻され、後に社長に抜擢(ばってき)された人事に注目が集まっている。
子会社で功績を残した社長が本体の社長になることは望ましい。会社の全責任を背負って決断を下し、成果を出す経験は経営者として必須であり、組織のトップにならなければ得られない。重要なのは所属する会社の規模の大きさではない。本体のエリートコースを歩み続けた人が社長になることは日本の大企業では定石だろうが、トップとしての決断を下す経験を積んでいない社長では、世界の一流企業と渡り合うことは難しい。
また、注意が必要なのは、子会社で社長を務めても本体から与えられる裁量権が小さければ、社長の業務を経験したとは言えないことだ。それでは大企業内の事業部長の位置づけと大差はない。
私は、テキサスインスツルメンツ、神戸製鋼所を経て、日本ファウンドリーに転じた際に初めてトップを経験したが、親会社が台湾にあり、自分に裁量権がない部分も多かった。その後、エルピーダメモリのCEOに就任して初めて全権限を持ったが、自分の判断が会社の将来を左右するという重圧はすさまじく、寝つけない日も多かった。特に、設備投資など会社の金を使うことに対しては、非常にシビアに考えるようになった。
最近、ある電機メーカーのトップに会った。彼は世の中の動きをよく見ており豊富な知識があった。ただ、その世の中の動きで業界がどう変わり、自社はどう対応していくのかというビジョンが圧倒的に不足していた。
例えば、米大手半導体メーカーのブロードコムが同クアルコムに13億ドルの買収提案をしているが、電機メーカーの経営者であるならば、これが実現した際の半導体業界の変化、自社の採るべき戦略をシミュレーションしておく必要がある。こうした能力は、自分で判断をせず、上長の指示通りに調整業務をこなすことで評価されてきた社員が身に付けるのは難しいだろう。
エルピーダメモリのCEOを務めていたとき、私は次のCEO候補として期待していた社員(40歳前後)を業績が悪かった半導体テスト会社へ社長として送り込んだ。彼はもともとファイナンス畑の社員であり、その企業の役員からは社長を代えてほしいという反発も大きかった。だが、トップであればこうした逆境も自分で跳ねのけて信頼を獲得する必要があり、彼を本体に戻すことはしなかった。
その後、エルピーダメモリは米マイクロンの傘下となり、彼をCEOとして呼び戻すことは叶(かな)わなくなったが、約7年が経った今では新規のテスト事業案件の獲得や台湾でのジョイントベンチャーの創設など、業績も好調だ。裁量権のある子会社での社長経験が彼を立派な経営者へと育てたのだ。
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