5月9日に行われたマレーシアの総選挙では、マハティール元首相(1981年~2003年に在職)が率いる野党連合が予想を覆す大勝を収め、同氏は首相に返り咲いた。野党連合の獲得議席は122議席であったのに対し、与党の国民戦線(UMNO)は79議席にとどまった。マレーシアでは独立以来61年間にわたり、UMNOが一貫して政権を担ってきた。政権交代は、マハティールのカリスマ性も大きく寄与した結果と思われるが、間違いなく歴史的な出来事である。欧米主要メディアも、かつてはマハティールの開発独裁的手法を強く非難してきたが、今回の選挙には、おおむね好意的な論調である。
UMNOは、野党連合の勝利を阻止すべくあらゆる手を尽くしたという。ゲリマンダー(自らに有利になるような恣意的な選挙区割り)、票の買収、言論抑圧などである。さらに、投票前日に、ナジブ首相(当時)は、26 歳以下の若年層の所得税減税を打ち出すなど、なりふり構わぬ様相であったが、全く及ばなかった。国民の間で、生活に対する不満と政府の腐敗に対する怒りが極めて強かったということであろう。
とりわけ、ナジブ自身の「ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)」のスキャンダルは、腐敗の象徴と映ったと思われる。政府系投資ファンド1MDBの資金約6億8000万ドル(約750億円)がナジブの個人口座に流れていたとされ、米国、シンガポール、スイスの当局が1MDBへの刑事捜査に着手していた。2015年に疑惑が強まった際、長老としてUMNOの指導的立場にあったマハティールは、ナジブが党にとって不利益になっていると見なしたが、現職首相を追放することはできず、自ら離党して野党連合に加わったという因縁がある。
新政権の最初の課題は、1MDBスキャンダルへの対処である。マハティールは、捜査を徹底した上でナジブを訴追する、との見通しを示している。同時に、法の適正な手続きに従いナジブを公正に扱うとも述べている。マハティールは、政治的報復にならないようにすると言ってきた。あくまで法に則った対応をするということのようである。これは、新政権の安定にとって大きなプラス材料となろう。
それ以外の選挙公約や、マレーシアの今後の変化については、どうなるのかまだ分からない。マハティールの公約にはバラマキ政策が並んでいた。財政の石油依存を軽減するために導入された財サービス税(消費税)の廃止、燃料補助金の再導入、最低賃金の引上げなどである。これらを実行するとなれば、既に政府債務がGDPの54%に達しているマレーシアにおいて、財政不安を招く懸念が大きい。UMNOは長年、マレー人優遇政策をとり、それが政治力の源泉となってきたが、こうした政策は改めていく必要があろう。今回の野党連合の選挙戦を通じて人種の壁を越えた勢力結集の萌芽が見て取れたとの観察もある。カリスマ性の高いマハティールが首相であるうちに実現すべき課題であるように思われる。