定年バックパッカー海外放浪記

2018年9月9日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

王立海軍病院(Royal Navy Hospital)

 旧王立海軍大学(Old Royal Navy College)は現在でも施設の一部が一般大学として使用されている。1694年から海軍病院となり1703年に現在の豪華優美なバロック建築群が完成。1869年まで海軍病院として利用された。

海軍病院、その後海軍大学。広大な敷地にバロック様式の豪華な建物が威容を誇る

 1873から1998まで王立海軍大学(=海軍士官学校)として使用された。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』の主人公である日本海海戦の作戦参謀秋山真之もここで学んでいる。

 海軍大学案内所の展示資料を眺めると海軍病院の実態は“戦傷者の養老院”であったようだ。最盛期には2000~3000人の戦傷による身体障害者(=年金受給者)を収容していた。彼らはベッドが一つあるだけの小さな部屋を与えられ規則的な集団生活を営んだ。まさしく艦隊生活の延長線上の老後である。

 なお、ロンドンのチェルシーにも陸軍病院が建てられ海軍と同様に戦傷者の養老院として運営された。

退役後も規則ずくめの毎日

 ロイヤルネイビーの規則では重傷を負って身体障害者と認定されると年金と養老院の一室が与えられた。生活は海軍らしく細部まで規則が徹底していた。夏場は3週間に1回のシーツ交換、冬場は1カ月に1回であった。

 罵詈雑言(swearing)、喧嘩(fighting)、賭博(gambling)、泥酔(drinking disorderly)など秩序を乱した者は黄色い上着(Yellow Coat)を一定期間着用させられた。この上着は通称“カナリア”と呼ばれた。
■標準的な日課:
5時~6時 起床
7時~   掃除 監督員(水夫長)がチェック
8時    朝食 パン、ココア1パイント
10時   礼拝 礼拝参加は義務であり、さぼると罰金
12時   昼食 チーズ、パン、豆のポタージュスープ、週に何回か肉料理
昼食後   自由時間 豪華なギャラリー(Painted Hall)で観光客を案内して小遣い稼ぎ。
      または賭け事をして時間潰し。
18時   ビール配給 一日4パイント(=1.5リットル)
19時   夕食 ベアーズ・サワー(いかなる料理か不詳)、パン
夕食後   小遣いに余裕があればパブで飲む
21時   就寝 蝋燭の節約のため早寝早起き

海軍病院は障害者スポーツの草分け

 海軍病院ではスポーツも盛んでクリケットの試合で1796年には片腕(one arm)と片足(one leg)のチームが対戦。協賛業者から1000ポンドの賞金が用意され真剣勝負。片足チームが大勝。猛烈なハッスルプレーで6本の義足が折れたと記録にある。

 両チームの対戦は定期戦となり、1848年の対戦では片腕チームが辛勝したことが記録されている。

  
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