2024年4月19日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2018年9月2日

(2018.6.5~7.18) 44日間 総費用38万円〈航空券含む〉)

神格化されたネルソン

 1805年ナポレオンは20万の大軍で英国本土進攻作戦を準備。ナポレオンの侵攻を阻止するべくネルソンは英国地中海艦隊を率いてスペインのトラガルファー岬沖でフランス・スペイン連合艦隊を大胆な戦術で撃破。彼は救国の英雄となった。

(TonyBaggett/Gettyimages)

 ネルソンはトラガルファーの海戦で果敢に率先指揮している最中に敵艦の狙撃手の銃弾を受け致命傷を負って数時間後に息を引き取った(享年47歳)。彼の肖像画は何枚も展示されており、美化されているのであろうか、細身のかなりの美男子として描かれている。

 比較して面白いのがナポレオンの絵である。彼が捕らわれてセントヘレナ島に護送されていく途上でプリマス軍港に寄港したときの姿は短躯で小太りで小腹が出ており顔も醜く歪んで描かれている。

 旗艦ビクトリア艦上でのネルソンの臨終はキリストの最期を描いた宗教画のようだ。海軍大学のペインティド・ホール(旧大食堂)の建物の破風にはネルソン提督の最後の様子を描いたレリーフが飾られている。勝利の女神に導かれ天国に召されるというモチーフは正に“軍神ネルソン”である。東郷神社に祀られた東郷元帥を思い出した。

ネルソン“副提督”の上着

 海事博物館の展示説明ではネルソンのトラガルファー海戦時の正式階級は副提督(deputy admiral)であった。戦死したときに着用していた青色の海軍制服の上着が展示されている。袖章は副提督のものであると解説されていた。左肩に大きな穴があいている。

 この軍装を着用して艦上で陣頭指揮をしていれば敵艦の狙撃手の絶好の標的になったことは容易に想像できた。フランス戦艦“Redoutable”との接近戦で狙撃手が『後部マスト上段から放ったマスケット弾(旧式歩兵銃の弾丸)が肩を破砕して肺を破裂し脊柱で止まった』と当時の記録にある(01:15pm musket ball from the mizzen top of the France Redoutable shattered shoulder,punctured lung,lodged spine)

 副提督の軍装は敵方の格好の標的となることを承知の上で、堂々と艦上から艦隊を指揮していたネルソンの勇姿は英雄伝説となった。ダグラス・マッカーサー元帥が第一次世界大戦の西部戦線で軍帽にマフラーという目立つ軽装で敵弾をものともせずに陣頭指揮を執ったエピソードを思い出した。

ネルソンのシャツとハイソックス

 ネルソン提督コーナーの最後に戦死した時に着用していたシャツとハイソックスも展示されている。何かキリストの聖遺物のような扱いである。ハイソックスにも血の跡が残っている。解説を読むと遺言によりネルソンの上着はネルソンの愛人エマ・ハミルトン(レディー・ハミルトン、ハミルトン夫人)に届けられたという。

 ネルソンは本編第4回『英国海軍の英雄はどのようにして生まれたのか』で触れたフランシス夫人のほかにエマという愛人がいたのだ。

 ネルソンの愛人の出現に興味を持ったので、フランシス夫人の手紙と肖像画が展示されている一画に戻った。フランシス夫人の遺品の隣に華やかな美人が描かれたペンダントが置かれていた。この美人がエマ・ハミルトンであった。

 1799年ネルソン(38歳)がナポリに寄港したときにナポリ王国に駐在する英国大使ハミルトン卿の夫人であったエマ(33歳)と恋仲になったという。エマは26歳の時に60歳であったハミルトン卿と結婚している。エマは絶世の美女として知られた社交界の花形であり、英雄ネルソンとの不倫は公然のゴシップとなったようだ。

エマの数奇な人生

 エマは生後間もなく鍛冶屋の父親を亡くし極貧に育った。そして生来の美貌を武器にロンドンで高級娼婦(courtesan)となり何人もの貴族と浮名を流す。ちなみに、この時代の高級娼婦とはベルディ―のオペラ『椿姫』(トラビアータ)に描かれているような華やかな存在であったようだ。

 エマはモデル(fashion icon)、ダンサーとしても売れっ子となり、高名な肖像画家が美貌に惚れ込んで40枚以上も彼女を描いている。

 ネルソンの戦死、さらにはハミルトン卿の死去により後ろ盾のなくなったエマは浪費、飲酒、ギャンブルに溺れ落魄。赤貧のなか1815年に49歳で病死している。稀代の悪女『マノン・レスコー』を彷彿とさせる最後である。

 エマはホレーシアと名付けられたネルソンの子を産んだ。エマの死後当時14歳であったホレーシアはネルソンの姉妹と一緒に生活した。ホレーシアは結婚して10人の子供を産み81歳で天寿を全うしたとの解説。


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