――日本の出産や子育てに関する支援は諸外国と比較してどうなのでしょうか?
山室:支援は、割と手厚いほうだと思います。妊娠時の妊婦健診の補助も出ますし、貧困家庭の場合は出産に関わる手当は手厚く、さまざまな支援が用意されています。しかし、問題なのはそうした支援の情報が本当に必要な人たちに届いていないということです。
――たとえば、赤ちゃんポストに預けざるを得ない女性、妊娠しても、まわりに相談できない状況だと、どこへ相談すれば良いのでしょうか?
山室:児相で相談に応じてくれますが、悩みを抱えた女性にとって公的な窓口は敷居が高いのが実情です。現在は、国が妊娠から出産までの切れ目のない支援を行うために「地域包括支援センター」を各自治体に設置するよう促しています。そうした拠点では、専門的な知識のある社会福祉士などが相談に応じています。ただ、こうした相談拠点は、現時点では、全国の約3分の1にしか設置されておらず、相談に応じる時間も限られています。妊娠や出産、子育てで悩みを抱える女性や母親は、いつ、どこにでもいるということを認識した上で、早急に全国に広げるべきだと思います。
――そうした各種の相談施設は、匿名で利用することができるのでしょうか?
山室:どの相談所も、匿名で相談することができます。職員には守秘義務があるので、匿名で住所を明かさなくても相談が可能です。
ただし、実際に相談しても、具体的な対応をアドバイスしてくれる質の高い相談員が不足しているのが実情です。たとえば、児相や自治体へ相談に行った際、妊娠中に支援が必要なのにもかかわらず、「生んでから来てください」と追い返されるケースもあります。もちろん、なかには高い専門性を持ち、親身になって相談に応じてくれる相談員もいますが、まだ少ないのが現状です。
――児相の職員は、児童虐待のケースなどでバッシングの対象によくされますが、仕事量が非常に多いですね。
山室:そうですね。たとえば、東京都の場合、虐待やネグレクトから育児相談まで、さまざまなケースを、1人のソーシャルワーカーが100件近く抱えています。その中で、虐待のケースでは警察や弁護士、医師など各分野の専門化、それに保護者に対応しなければならないし、いつ何が起こるかわからない状況にある。ハードワークな上に、命を守るという責任が重く、心身ともに疲れ果て1~2年で離職する人が多いのが実情です。
一方で、欧米では、専門性の高い職業という社会的認識もあり、例えばアメリカでは、最低でも2年間の研修を積んでから現場に配属されます。
――赤ちゃんポストがある慈恵病院は、民間の病院であるにもかかわらず、独自に電話相談の窓口を開設し、対応しているそうですね。
山室:全国で唯一、24時間、365日、フリーダイヤルで相談に対応しています。
――具体的には、どんな内容の相談が寄せられるのですか?
山室:多いのは「いま破水したけれど、どうすれば良いのか?」「赤ちゃんポストへ子どもを預けたい」といった緊急性の高い相談です。他には、中学生で妊娠してしまった子の親からの相談、妊娠中にパートナーからDVを受けているため出産したくない、でもすでに中絶できる時期が過ぎてしまった、といった相談など、妊娠や出産に関する多岐に渡る悩みが寄せられるようです。こうした相談に、看護師、社会福祉士、心理士などがチームを組み、緊急時に備え、片時も携帯電話を手放さずに対応しています。
――寄せられた相談に対して、どのように対応するのでしょうか。
山室:「破水した」という相談であれば、病院の専門的な知識と産婦人科のネットワークを活かし、相談者が住んでいる各地の産婦人科を紹介したり、「産んでも育てられない」という相談に対しては、養子縁組のサポートをしたりすることもあります。
――破水など緊急性を要する場合には、医療機関につなげるのが最善だと思いますが、妊娠初期などの場合には行政の支援へとつなげるのでしょうか?
山室:相談者は、匿名で相談できますし、住んでいる地域についても明かさずに相談するケースがほとんどです。相談に応じる職員たちは、時間をかけて相談者と信頼関係を作っていく。そのうちに、相談者が名前や住んでいる地域を明かしてくれるケースもあります。そうすることで、妊娠に関わる相談の場合であれば、まずは産婦人科に足を運ぶことを促すこともできますし、養子縁組についての相談であれば行政につなげることもできます。