「在外華僑華人」は中国ソフトパワー戦略の柱
習近平政権の基盤が確立される前後の2015年7月、『華僑華人在中国軟実力建設中的作用研究 RESERCH ON EFFECTS OF OVERSEAS CHINESE IN CHINESE SOFTPOWER BUILDING』(経済科学出版社)が、在外華僑華人と「中華民族の偉大な発展」の関係を国家レベルで研究した成果として出版された。
「改革開放以来30有余年、中国の経済と社会は驚天動地の変化を遂げ、貧しく遅れた国家から瞠目すべき現代的大国へと発展し、経済力は世界第2位に躍り出た。財政収入は100兆元の大台を突破し、総合国力は明らかに強化され、社会の調和は進み、国際的な影響力と発言権は飛躍的に高まった。だが、中国が発展するほどに、西側の大国でも『中国脅威論』『中国責任論』などの不協和音が愈々撒き散らされようになった。このような環境において、中国ではソフトパワーの早期確立が論議されねばならなくなった」と冒頭に記し、世界各国に根を張っている在外華僑華人を、世界覇権を目指す中国にとってのソフトパワー戦略の有力な柱として位置づけた。
また在外華僑華人に「中華優秀文化の伝え手」、「中国発展モデルの実践者」、「中国とグローバル経済とを結ぶ要」、「中国伝統文化の創新者」という多面的な働きを求め、「中華民族への帰属意識とアイデンティティーは華僑華人を団結させる“磁石”」であると捉えた後、「中華民族への帰属意識こそが、彼らと血の繋がる大地への奉仕と祖先への感謝を促す原動力である」と説く。
これを要するに、習近平政権は在外華人を中国と一体化させることで、同政権が目指す世界戦略を海外から積極的に支援・補完させようというのだろう。
この本では在外居住者を華僑(中国国籍保有者)、華人(中国以外の国籍保有者)、大陸新移民(対外開放後の移住者)と分けている。たとえばアフリカ21カ国を見ると、最多の南アフリカには16万人の華僑と14万人の華人が住み、そのうち10万人が大陸新移民である。最少のトーゴでは華僑が123人、華人が7人、そのうちの大陸新移民が125人を占める。伝統的な相互扶助組織の同郷会や同業会の活動が認められるばかりでなく、南アフリカを含め各国で圧倒的多数を占める大陸新移民によって中国和平統一促進会が続々と組織化されていることが判る。
20兆米ドルに及ぶ習近平政権の「隠し資産」とは?
冒頭に示したカナダ政府に対する抗議の署名活動がソマリアの中国和平統一促進会などアフリカを中心に進められているのも、なにやら納得ができそうだ。ここからも習近平政権の世界戦略に占めるアフリカの重要性が浮かんでくるようだ。
中国から「中国とグローバル経済とを結ぶ要」と見做される4952万100人の経済力に関し、この本では陳雲・青華大学教授の2007年段階における分析を援用して彼らの資本総額は「既に2万億美元に達している」と試算する。「2万億美元」、つまり20兆米ドルという数字が現状を的確に反映しているか判断する術はないものの、これが中国の国家財政の統計には計上されないことはもちろんだが、習近平政権にとっては“隠し資産”といえないこともないだろう。
日中戦争から国共内戦までの長い戦乱期を経て国庫が底を尽いていた建国当初、経済社会建設に多大な働きをしたのは「僑匯」と呼ばれる海外在住者からの送金だった。これが建国期の苦しい国家財政を救った歴史を振り返るなら、「2万億美元」は“21世紀の僑匯”ともいえる。
カナダ政府批判の署名活動、アフリカを軸に世界各地に展開する中国和平統一促進会、それを北京から「指導工作」する僑聯、チベットやウイグル出身者を含め国外在住の少数民族までをも華僑華人に組み込んでしまおうとする動き――中国が備えた独自の“戦略資源”を、今後、習近平政権はどのように使おうとするのか。米中戦争の行方に対する判断を日本的常識で一刀両断に下すことは、やはり危険過ぎると言わざるをえない。
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