「最近、CAD人材が高齢化して不足しています」と、東京都八王子市で板金、プレス加工を行う岩沢プレス工業の岩澤旭さん(31)は話す。CADは、コンピュータを使って図面の作成するソフトウェア。なぜ、そのCADを扱う人材が不足しているのか。「既存品のマイナーチェンジ(改良版)ということが増えていて、新しい製品を作ることをが減っているので、一から図面を起こす必要がないのです」と岩澤さん。そのため、CADで行う仕事量が減っているのだ。
そう聞いて思いあたるのは、このところ日本発の「新しいカテゴリ製品」が出ていないことだ。ハイブリッド車や、薄型テレビなど、日本発で生まれた新しい商品カテゴリがかつてはあったが、このところはGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に圧倒されている。自動運転など、これから大きなビジネスになる可能性がある分野でも日本勢は目立たない。日本は、新しくチャレンジすることを止めてしまったのだろうか……。
岩澤さんは今、活路をフィリピンに求めようとしている。2018年秋からフィリピンの理系学生をインターンシップとして採用。彼らと共に仕事をするなかで、CAD人材としての潜在能力に気が付いた。日本ではCADのマニュアル化が進んでいるため、新しい発想が生まれづらくなっている。一方で、既存のマニュアルなどに触れてないため、フィリピンの学生は新しいアイデアを生み出す余地が多く残っているという。
ただし、図面だけ引いてもそれは机上の論理。実際にものを作っていく工程では、その通りにはならないことが少なくない。そこは、岩澤さんたち日本サイドがこれまで培って来たノウハウを生かすことができる。この「日比」でコラボすることによって、グローバル市場の仕事を取りに行くべく準備を進めている。
パイオニアの存在
今、八王子の中小企業の間でフィリピン人学生をインターンシップで採用する動きが広がっている。道を拓いたのは、同じく八王子企業である栄鋳造所で働く新武浩(41)さんだ。「単なる人材不足の補充ではなく、会社の中核となるような人材を求めている」と、フィリピンの理工系大学のトップに直談判をしてインターンシップへの道を拓いたのだ。
たった1社ではじめた取り組みが、八王子地域の若手経営者の勉強会などを通じて、知れ渡るようになり、フィリピン人学生のインターンシップ採用の動きが広まった。ただし、受け入れる企業の経営者は、現地に出向き、英語で自社のプレゼンテーションを行い、英語で学生をコミュニケーションをとらなければならない。その準備をしてからの渡航となるので、経営者たちも必死だ。
新さんは2年前、日本の中小企業向けに、フィリピン現地での語学研修、学生とのマッチングやマーケティング支援などを行う、セルフルという会社を新たに立ち上げた。「外国人材を獲得する前に、会社の社長をはじめとして幹部が外を見ることはとても大事です。それでも、中小企業にとってその一歩を踏み出すことは簡単なことではありません。だから、それを支援する事業会社を立ち上げようと思いいたったのです」と新さん。
マニラ支店の店長候補
パソコン修理などを行うヒューマン・ライフ社の新谷文彦さん(44)は、2019年3月にマニラ市内のショッピングモール内に海外支店を開店させる。その店長を務めるべく、いま八王子のショップで、フィリピン人女子学生のデニスさんが研修を行っている。日本はどうですか? と尋ねると「毎日勉強です」と、大きな笑顔で答えてくれた。「きちんと、ビジョンを示してあげているのでモチベーションが高いのだと思います」と、新谷さん。
日本企業で働く外国人社員が不満を持つ点としてよく上げられるのが、「ジョブ型」ではなく、「メンバーシップ型」による働き方だ。具体的な目標を設定したスペシャリストとして働くのではなく、組織人としてゼネラリスト(総合職)として働くことが求められるため、将来、自分自身にどのようなスキルが身に付くのか見えずらい。これが、外国人社員のモチベーションを下げる原因の一つとされる。
デニスさんには、具体的な「マニラ支店の店長」という将来像が与えられているため、自分がどのようなスキルを身に付けなければならないか明確だ。
ただし、マニラ支店でも「売り」になるのは、「ジャパンクオリティ」。そのベースとなるのが、8つの社是だ。「これについては、繰り返し理解してもらうように話をしています」と、新谷さん。
デニスさんは「日本史が面白いです」と、仕事が休みの日には、周辺にある城跡などを訪ね歩くことを楽しみにしているという。