2024年12月6日(金)

西山隆行が読み解くアメリカ社会

2019年1月23日

大統領に歯止めをかけられる存在は極めて限られている

 このような大統領による自己抑制は、制度的なものというよりは、アメリカの歴史上築かれてきた一種の規範のようなものであり、大統領がそのような不文律を乗り越えようとした場合でも連邦議会やメディアなどワシントン政界の有力者が自制を呼び掛けてきた。だが、トランプはそのような不文律を積極的に破ろうとしているし、近年のアメリカでは、従来見られたような非公式の制約が利かなくなりつつある。

 まず、トランプが不文律を破り続けていることは論を俟たないだろう。伝統的にアメリカの政治家は、政策やイデオロギー、所属政党を異にする政治家に対しても、基本的には愛国心を持っているという認識の下で行動してきたが、トランプは自らの意向に反する人や団体を非アメリカ的と評することにためらいも示さない。トランプは、歴代の大統領が持ってきた、前任者や他の機構、政党に対する敬意のようなものを持ち合わせていない。前任者のバラク・オバマの出自(国籍)を疑うバーサー運動にかかわっていたし、時にオバマを非アメリカ的と評した。移民問題について、自らと見解を共有しない民主党に対し、アメリカの国益よりも他国の国益を重視する非アメリカ的行動をとっていると評してもいる。トランプは、連邦最高裁判所の判断についても繰り返し疑義を呈している。そもそも、トランプは大統領選挙中に、仮に自らが敗北した場合にはその選挙手続きがゆがめられているためだと、民主政治の根幹にある選挙の正統性に対して疑念を呈したりもした。これほどアメリカ政治の不文律を破り続けている大統領は、当然ながらこれまで存在しない。

 トランプに対し歯止めをかけることのできる人や組織もほとんど存在しない。例えば、連邦議会の有力者による抑制という規範は、そもそも、連邦議会内でも守られなくなっている。例えば上院に認められている議事妨害(フィリバスター)は、以前と比べて頻繁かつ党派的に用いられるようになっている。また、とりわけクリントン政権期以降、対立政党の政治家のスキャンダルの暴露などが激増している。歴史上、例えばジョン・F・ケネディ大統領などは不倫問題も抱えていたが、それはあくまでも私的な問題であるとの判断から、大きく政治問題とされることはなかった。だが、徐々に政治家の私的問題も政治争点化されるようになっていった。このように連邦議会自身が自制しなくなっている状況では、議会が大統領に自制を呼びかけるのは容易でない。

 党による歯止めもほとんどきかない。そもそも、歴代の大統領は政党の有力者の支援があったがゆえに当選することができたのだが、トランプは幕大な資金力を持っているために献金を求めて有力者におもねる必要もなかったし、暴言を吐くなどしてメディアの注目を集めることで自らを売り出すことにも成功した。長きにわたる大統領選挙は一般的には候補と党との協力のもとになされる団体戦となるのが一般的だが、トランプはかなりの程度個人戦として大統領選挙を戦い抜いたため、党に対する忠誠心を持たない。そのため、党の主流派の発言に耳を傾ける意思もない。

 さらに、現在の議会では、トランプのおかげで連邦議会議員に当選したといっても過言でない人々が一定程度存在しているため、2020年の大統領選挙と連邦議会選挙を前にして、トランプに行動を制止するよう発言することのできる人物は限定されてしまう。多くの共和党の政治家はトランプによる非難とトランプ支持者の反発を恐れて発言を控えざるを得ない状況に追いやられている。民主党議員による自制要求は、今日のようにアメリカ社会が分極化するとともに二大政党の対立が激化する中では、大統領の耳に届かないだろう。

 メディアによる大統領に対する自制要求も意味をなさなくなっている。ケーブルテレビなどが発達してメディアが多様化する中で、有権者は自己の選好に合致するようなメディアのみを視聴する傾向が顕著になっている。そして、2016年大統領選挙の頃には、トランプは自らを肯定的に評価しないメディアによる報道をフェイク・ニュースと断じるようになっており、共和党支持者もその主張を支持している。ワシントンポストやCNNなどの伝統的なメディアが大統領に自制要求をしても、今日ではあまり影響力を持たないのである。

 このような状況では、大統領に対して歯止めをかけることのできる存在は極めて限られてしまう。2018年の中間選挙で勝利した上院議員は2024年まで改選を迎えることがないので、彼らはそのような活動をできる可能性はあるだろう。とりわけ、莫大な資金力と知名度を持つロムニーなどは、そのような活動ができるわずかな政治家の一人だといえるかもしれない。そしてロムニーは、マケインなき現在、そのような役割を担うことを自らの使命と考えるようになっているのかもしれない。

 これまで存在してきた不文律を破り続け、自制する意思を見せない大統領の行動にどのように歯止めをかけるか。アメリカ政治はこのような新たな問題への対応を迫られているといえよう。

  
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