2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年2月13日

 メイ首相がEUとの間で昨年11月に合意したEU離脱協定案は、1月15日の英下院における採決で、歴史的大差をもって否決された。これを受け、1月29日に英下院はメイの方針に対する修正案7本について採決が行われた。その結果、メイの案の中で最も不評であった北アイルランド国境の管理に関する規定(バックストップ条項)を変更する動議が可決され、メイ首相は離脱協定案をEUと再交渉することになった。バックストップ条項というのは、北アイルランドとアイルランドとの間の国境が「ハード」なものとなるリスクを避けるため、2020年末までの移行期間中に英EU間で包括的な通商協定等の対策がまとまらなかった場合、英国全体がEUの関税同盟に残るというものである。

(Meilun/Merfin/Dualororua/iStock)

 1月29日の採決で可決されたのは7本中2本であるが、そのうち一本が保守党のグレアム・ブレイディーの提案によるもので、その趣旨は、「バックストップ条項」を「別の取り極め」に置き換えることを求めるものである。賛成317(うち保守党:297、DUP(北アイルランド統一民主党):10)、反対301(うち労働党:239)で可決された。下院での審議と投票に先立ち、メイ首相は「唯一可能な合意」であり再交渉はしないと言っていた離脱協定の再交渉をEUに求め、バックストップ条項の変更を求める方針を閣議で表明した。その上で、メイは保守党にブレイディーの修正案を支持するよう要請した。

 1月31日付けフィナンシャル・タイムズ紙社説‘Theresa May’s pyrrhic victory will not resolve Brexit’は、このメイの動きを「国家の利益でなく保守党の分裂回避という党の利益を優先したものだ」と断じている。しかし、恐らく、それだけではないであろう。メイにしてみれば、自らに課した諸々のレッドラインのために従来の路線の延長上でしか打開策を考え得ず、無理を承知で再交渉に打って出たのだと思われる。他方、European Research Groupの強硬派を含む党内の離脱派は、離脱期限延期の動きが強まり、場合によっては再度の国民投票でBrexitがご破算になるという悪夢を心配せねばならない状況にあった。そこへ彼等が嫌悪するバックストップ条項の変更を求める修正案が出されたのだから拒否する理由はなく、渡りに船とこれに乗った。つまり、両者の思惑が一致して保守党一致の支持で(造反は8名)ブレイディーの修正案が成立することになったのであろう。

 この修正案の成立を受けて、メイは下院の多数を確保するための道筋が明らかになったとし、バックストップ条項の懸念に対処するための「離脱協定に対する法的拘束力のある変更」を獲得すべく務めると述べた。しかし、EUはそのような変更には気乗り薄で交渉は容易ではなかろう、とも述べた。

 EU側は、1月30日、ユンケル委員長とバルニエ首席交渉官が欧州議会でステートメントを行ったが、両名は「離脱協定を再交渉することはない」と明言した。アイルランドを支援するEUの結束が揺らぐ気配はない。そもそもバックストップ条項を置き換える「別の取り極め」が直ちに見つかる筈はない。「我々は“別の取り極め”にオープンであり、離脱協定が署名されれば直ちに作業に取り掛かる用意がある。しかし、目下、いずれの側の誰も“別の取り極め”が何であるかを明確にし得ない。それが正にバックストップ条項を必要とする理由である」というバルニエの説明に事情は尽きている。


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