2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年3月7日

 トランプ米大統領は、世銀の新総裁にデイヴィッド・マルパス財務次官を推薦することを発表した。2012年にダートマス大学学長で疫学の専門家ジム・ヨン・キムが推薦され、世銀総裁になった時もそうであったが、今回も物議をかもしている。米主要紙では、ウォールストリート・ジャーナル紙が2月5日付の社説‘Mission Impossible: World Bank’で賛意を示し、ワシントン・ポスト紙は、2月7日付でEswar Prasadによる、推薦を批判する論説‘Why Trump's pick for World Bank president is a threat to the institution itself’を掲載した。 

(Aluna1/krblokhin/iStock)

 WSJ社説は、マルパスがレーガン政権で財務相の世銀担当を務め、開発経済の分野で経験が豊かなことから「世銀の総裁になる資格が十分ある」と評価している。同時に、「総裁になれば世銀の官僚組織、世銀の加盟国から、わずかな改革に対しても激しい抵抗に遭うだろう」と前途の困難さも指摘する。

 一方、プラサッドの論説は、マルパスを推薦することを批判する根拠の一つとして、マルパスが多角的アプローチや世銀に批判的であることを挙げている。しかし、これは検証を要する。マルパスが批判しているのは、2017年11月の外交問題評議会でのインタビュー形式の討論会でのマルパスの発言である。彼は、多国間主義には行き過ぎが見られ、それが米国と世界の成長を阻害している、と述べている。これは、多国間主義自体の批判ではなく、その行き過ぎの批判であり、これは広く共有されている見解である。したがって、プラサッド論説批判は当たらない。マルパスの世銀に対する批判については、世銀の融資が中国のような開発の進んだ国に多く行われたことを批判しているのであって、世銀の融資の見直しを求めている極めて真っ当な見解である。

 マルパスが新総裁となる世銀は、いくつかの挑戦に直面している。第一に、世銀の総裁は米国人、IMFの専務理事は欧州人と決まっている欧米主導の体制に対する途上国の不満は強く、途上国の発言権の拡大を如何に許容していくかの問題がある。第二に、融資の対象国で、中国のように中所得国への融資は減らすか無くし、アフリカ諸国のような後発途上国にもっと融資をすべきであり、支援の形態も借款に加えて無償援助も行うべきであるとの議論がある。第三に、融資の対象を国や地域中心から、気候変動、女性の地位向上といったようなテーマ型にすべきであるとの見解がある。これはキム現総裁が推進しようとした課題である。そして、最後にアジア開発銀行、アフリカ開発銀行、アジアインフラ投資銀行(AIIB)といった地域機関との調整、協力の問題がある。これら地域機関は地域のニーズにより適切に対応できるということもあって重要性を増しつつあり、世銀の存在価値の見直しにつながるものでもある。マルパスはこのように世銀の直面する多くの挑戦と取り組まなければならない。マルパスの手腕が問われることになる。

 これらの挑戦のうち、途上国の発言権の問題は、第二次大戦後発足したブレトンウッズ体制のいわば宿命であり、欧米と途上国の力関係の変化は反映されざるを得ないだろう。中国に対する融資を見直すのは当然である。中国は今や世界第二の経済大国で、3兆ドルの外貨準備を持ち、一帯一路政策推進のため関係国に大規模な融資をしている。またAIIBを主導している。世銀の資金はアフリカなどの後発途上国に振り向けるのが正当である。融資をテーマ型に移行すべきであるとの議論については、気候変動が問題となろう。気候変動はテーマとして時宜にかなったものであり、途上国のニーズは大きいと思われる。しかし、トランプは、石炭関係者保護という政治的動機もあり気候変動対策を目の敵にしている。マルパスは、世銀の運営に当たってトランプの思惑を常に気にする必要まではないだろうが、気候変動についてはトランプのこだわりを無視できず、世銀が気候変動への融資を検討することになる場合、マルパスがブレーキをかける可能性は否定できない。

  
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