2024年11月22日(金)

日本人秘書が明かす李登輝元総統の知られざる素顔

2019年3月9日

「私が実験台になろう」という夫人の密かな覚悟

 それから数年が経ち、現在では、すでに台湾の複数の病院に重粒子線治療設備など最先端のものが導入されている。李登輝の国民に対する思いが、現実の成果となって結実したひとつの例であろう。

 李登輝が医学に関心を寄せ、突破口を開いた例がもうひとつある。夫人の曾文恵が原因不明の「めまい」に侵されたときだ。

 2005年の冬、李登輝夫妻は孫娘ら家族とともに日本を訪れることになっていた。退任してから2度目の訪日である。このときは、名古屋空港から入り、金沢や京都をめぐる予定だったが、間近に控えた頃に、曾文恵がめまいで体調を崩したのである。

 ところが病院で様々な検査をしても原因が分からない。身体のどこも「異常なし」と診断されながら、めまいは止まず、不安を抱えながら出発のときが迫っていた。

 そんなある日、愛読する『文藝春秋』に「めまいは治せる」という本の広告が掲載されていた。藁にもすがる思いで、李登輝夫妻は「日本へ行ったらまずこの本を求めよう」と話し合ったという。

 案の定、京都滞在中にめまいが出てしまい、後半のスケジュールを一部キャンセルするなど、曾文恵にとっては心残りの旅になってしまったが、日本で買い求めた書籍の効果は結果的に正解だった。

 著者の七戸満雄医師によれば、原因はヘルペスのウイルスによってめまいが引き起こされるという。これには、ゾビラックスという抗ウイルス剤を投与して治療するのだが、台湾の医師団は疑心暗鬼で、さらにはこの抗ウイルス剤を服用しすぎると却って副作用が起きる、と二の足を踏んでいたそうだ。

 しかしここで夫である李登輝が言った。

「あらゆる検査をしても異常がないというのなら、この七戸先生の主張に賭けてみようじゃないか」

 そして敬虔なキリスト教徒である夫妻は、困難に直面したときいつもするように、聖書をおみくじのようにあてずっぽうに開き、そこに書かれている言葉を読んだ。

「静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある(旧約聖書イザヤ書第30章15節)」

 曾文恵によれば、この言葉を目にしたことで、逆に「私が実験台になろう」という気持ちになったのだという。もし同じように苦しんでいる人がいたら、私が実験台になることで救えることが出来るのではないかと考えたそうだ。

 結局、李登輝夫妻の決意によって、医師団も投薬に同意した。投薬は一日5回、飲む順番もあって、非常に複雑だったようだが、二週間もするとめまいが消え、自由に動き回れるようになったという。


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