日本が標的に!
米国で尖閣巡りプロパガンダ・キャンペーンを展開
「チャイナ・ウォッチ」の存在が日本国内でも知られるきっかけとなったのは、2012年9 月11日の日本政府による尖閣諸島の国有化である。これに対し、中国がすぐさま激しく反発したのは、記憶に新しいところだろう。
実は、その直後の2012年9月28日、ニューヨーク・タイムズおよびワシントン・ポストの有力新聞が中国の尖閣諸島に関する「広告」を同時に掲載した。しかも、「尖閣諸島は中国のものだ」といった報道ぶりで、だ。
両紙は、これまでも「チャイナ・ウォッチ」を数多く掲載してきたが、この回に限っては日本の安全保障の立場にとって大変不利になる深刻なネタであり、そういった書きぶりがなされていた。
広告の大見出しは「尖閣諸島(中国語原文では釣魚島)は中国に帰属する」とされ、誌面の中央には、巨大な尖閣諸島の写真が掲載されていた。その写真の周りをぐるりと囲むような格好で、尖閣が中国の領土である理由等が、かなりの分量で書かれていた。そして両紙は、紙面区分が報道に見えるよう、つまり、一般紙面に完全に紛れ込ませた格好で、2ページ見開きでこれを掲載した。
新聞の字は細かい。両広告とも最上段に小さく「広告」と記されてはいるが、その直下にでかでかと「China Watch(チャイナ・ウォッチ)」「China Daily(チャイナ・デイリー)中国日報」とあるため、「広告」の主張は全くと言って良いほど目立たない。いや、むしろわざと目立たなくしているのだ。目を皿のようにして隅々まで読まないと、普通の新聞記事、つまりそれが「ニューヨーク・タイムズ」だったり「ワシントン・ポスト」の報道記事であるかと思い込みかねない。
これが、中国の「広告」戦術の一つである。この戦術における中国の狙いは、米国政府ではなく、米国民だといえる。米国政府は「尖閣諸島は日本の施政権下にあり、日米安全保障条約の適応対象となる」との立場を示しているが、米国政府の政策決定に影響を与える米国民に対し「尖閣諸島は中国のものである」との宣伝工作を仕掛けることによって、米国世論を味方につけようというのだ。
中国は「船」を借り、米国、そして、世界へ
中国は、なぜ自国のメディアを使って海外の世論に直接働きかけないのだろうか。それは、中国が世論づくりの構造をよく理解しているからだろう。自分にとって「正しい」情報を伝えるにも、伝え方を誤ると、逆にそれが相手に独りよがりに映ってしまい、せっかくの広告が反感を買うだけの結果に終わってしまう。
そこで、中国がとっている方法が、“Borrowed boats strategy”、「借り船戦略」である。「借りた船」、つまり、他国の報道機関(=船)に、自国の宣伝・世論工作を載せる(乗せる)戦略を指す。チャイナ・デイリー社は、少なくとも海外の30社以上の新聞社と契約しており、毎回、4~8ページに渡る広告「チャイナ・ウォッチ」を各新聞に折り込んでいる。
こうした手法はあからさまなプロパガンダともみられ、効果などないように思えるが、実際、この「借り船戦略」が、世界中の主要都市新聞にまで進出しているという実績もある。
ガーディアンの昨年末の報告によれば、中国のプロパガンダ戦略は、北米、欧州、豪州への進出が最も顕著であり、とりわけ北米では、「ニューヨーク・タイムズ」、「ウォールストリート・ジャーナル」、「ワシントン・ポスト」、「ロサンゼルス・タイムズ」、「シアトル・タイムズ」、「デモイン・レジスター」の計6紙が対象とされている。このことからも、中国は世論工作対象として、米国に重きを置いていることが推察される。
現状では、上述の米国の主要新聞は、かなりの資金をチャイナ・デイリー社から受け取っているようだ。ガーディアンによると、チャイナ・デイリー社は2017年より、2,000万ドル以上を米国の新聞社につぎ込んでおり、着実に「チャイナ・ウォッチ」の浸透を図ってきたという。
世界中の大手メディアが、これほどまでに中国のプロパガンダ記事を自社の報道紙面に盛り込めば、購読者が、中国の広告をそのメディア側の主張であると勘違いをするのはやむを得ないだろう。実際、中国当局の「借り船戦略」は、信憑性の獲得を狙っていると考えられる。
中国のこうした戦略は、学術的にも裏付けられたものである。世論はメディアに影響を受けやすく、冷戦やベトナム戦争に関する報道は世論を大きく動かした。そして、メディアに影響された世論に影響を受けるのが政府であることは、広く認識されている。また、米国メディアに重きを置くことにも大きな意義がある。特にニューヨーク・タイムズに関しては、米国の著名ジャーナリストによれば、世界の報道の議題を設定する役割を果たしており、他のメディアは、ニューヨーク・タイムズが取り上げるニュースを見て、自紙の議題を設定して報道するとも言われる。
こうした世論とメディアの構造に鑑みても、政府を味方につけるために、まずは世論づくりに勤しむという中国のやり方は、非常に計算高く戦略的といえよう。