2024年11月21日(木)

解体 ロシア外交

2019年4月26日

 しかし、今回の大統領令によれば、東部2州の住民は国籍取得のための申請書と個人データを提出すれば、たった3カ月以内の審査で国籍付与の可否が決まるという。そしてこの簡素化の決定は、国際法の基準に則った人権保護のためであるという。

 この決定を受け、ウクライナ東部の住民は歓迎していると報じられる一方、当然ながらウクライナ側は激しく反発している。大統領はこれまで行ってきた様々な破壊行為に加えた、新たな内政干渉であり、深刻な主権侵害あると激しく批判し、国連安全保障理事会やOSCE(欧州安全保障協力機構)、EUなどの枠組みの中で、本問題を提起するように外務省に指示したと声明した。また、外務省もロシアのウクライナ東部住民に対するパスポート発行に断固たる抗議をし、国際社会にロシアに対する政治的、外交的および制裁の圧力をかけるよう要請すると声明した。

すでに未承認国家で確立された手法

 このロシアの手法は、すでにジョージア国内の未承認国家(国家の体裁を整えながらも、国際的な国家承認を得られていない主体)であるアブハジア、南オセチアで確立されたものだ。ロシアは、旧ソ連の未承認国家を、ロシアが旧ソ連圏を影響圏として維持するための外交カードとして利用してきた。

 未承認国家の政治利用が最も顕著なのがジョージアの事例であり、ジョージア北部に位置し、ロシアと接するアブハジア、南オセチアに対し、ジョージアとの紛争中から惜しみなく支援をし、それらが未承認国家化すると、ロシアのパスポートを発行し、「ロシア人」を作り上げていったのである。2008年8月にロシア・ジョージア戦争における、ロシア参戦の大義名分は「自国民保護」であった。当時、約9割の南オセチア住民がロシアのパスポートを保持していたとされる。そして、ロシアはロシア・ジョージア戦争後にアブハジア、南オセチアを国家承認し、さらにロシア化を強め、今では両地域のほぼ全員がロシアパスポートを保持するとされる。

 未承認国家の住民にとって、ロシアのパスポートの意味は大きい。未承認国家のパスポートでは海外に行くことはできないが、ロシアのそれがあれば、海外旅行が可能になる。しかも、ロシアから年金や社会保障も得られるのである。

 とりわけ、ウクライナ東部の住民は、現在、ウクライナから年金や社会保障を得られておらず、ロシアから支援された「人民共和国」から少額の支払いを受けているに過ぎない。そういう状態であれば、ウクライナ東部の住民がこの大統領令を歓迎するのは当然である。

 しかし、この大統領令は、ウクライナ東部が事実上のロシアの一部になってゆくことを意味する。しかも、国際法的にはウクライナの中にあっても、「ロシアの自国民」がウクライナ国内にいるということは、ロシアにとって大きな政治的カードになる。ロシアのハイブリッド戦争において、「自国民保護」は重要なキーワードであり、それを錦の御旗にして、ロシアはジョージアやクリミアに侵攻してきた。今回の大統領令は、ウクライナが東部を実質的に失っていくプロセスになり得、また、ロシアの侵攻の口実を生み出すものであり、新政権にとっては極めて大きな打撃である。


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