ジェンダー観をアップデートする

2019年9月18日

»著者プロフィール
著者
閉じる

小川たまか (おがわ・たまか)

フリーライター

1980年東京生まれ。教育、働き方、性暴力などを取材。『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(2018年/タバブックス)。Yahoo!個人「小川たまかのたまたま生きてる」(https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/)などで執筆。Twitter:@ogawatam

こんなにベタでいいのかと思った「キム・ジヨン」

――『キム・ジヨン』もそうですが、今読まれている韓国文学は主張がはっきりしていると感じます。

斎藤:私も翻訳していて、ずいぶんベタだなあと思った。でも、こういう変わったスタイルの小説だからこそ、効率の良い情報伝達ができたんでしょうね。非常に明確な目的のある本で、小説と啓蒙書の境界線のギリギリのところにある、それでも物語として機能しています。やはり、物語である点が大事ですね。

――日本の小説の場合、もう少し回りくどく書くというか。

斎藤:『キム・ジヨン』の場合、心情表現も入り組んでいないですよね。AというインプットがあったらBという結果がある。「テンプレートみたいな小説」と、『私たちには言葉が必要だ』(タバブックス)の翻訳者の一人であるすんみさんも仰ってました。

――ストレートに伝えるのはつまらない、みたいな考え方って書き手にはあると思うんです。日本は曖昧にぼかすことが良しとされる文化もあるし。でもジェンダーとか性暴力の問題って、たとえ小説でもはっきり言わないとわかんないのかなと思うこともあって。

斎藤:そうなんですね。私がびっくりしたのは、『キム・ジヨン』を読んで「女性がこんな思いをしてきたとは知らなかった」と発言する男性がかなりいたことです。こんなことも知らなかったのか! とこちらがびっくりしました。これは、気づけてよかったと思いました。キム・ジヨンさんのおかげですよ。

アイドルが読んだだけでバッシングされる一方、
「男が読むべき」の声も

――韓国では男性からの反発がひどかったと。翻訳版のアマゾンレビュー欄も、韓国から「出張」して荒らす人がいた。

斎藤:Kポップアイドルがこの本を読んだと言っただけで激しいバッシングを受けましたからね。一方で、日本では「男が読むべき」と言ってくれる男性がかなりいます。

 友人のライターの尹雄大さんは、『キム・ジヨン』の読書会を定期的に開いています。彼が「とにかく男が読むべき」と言ったのが印象的で。

――そんなに衝撃を。

斎藤:私から見ると、女性は就活のときにセクハラ面接を経験するとか、女性は出世できない仕組みになっているとか、それぐらい、男性も耳にしているだろうと思っていたんです。でも、知らなくて驚くんですね。

 思うのは、リブの時代から今までをざっと眺めたとき、職場が一番変わったようで変わっていないんじゃないかなということです。

――というと?

斎藤:家庭、教育、職場の中で一番職場が変わっていないと思う。教育や家庭はそれでも、結構変わったと思うんですよ。例えば私が中学生のころは、家庭科は女子だけが学ぶ教科で、男子は「技術」という教科を履修していました。だから「家庭科の男女共修を進める会」という団体があって、運動をしていたんですよ。私も大学生のとき会員に登録しました。その運動の積み重ねもあって中学は1993年に、高校は1994年に家庭科が男女とも必修になりました。こういうふうに、具体的な現場でいろんな改善努力は重ねられてきたんですよね。まあその後、バックラッシュがあって教育現場での努力が無になるようなこともあったんですが……。

 家庭の中でもね、昔はどんなに男がバカなことをしても、女がバカと言ってはいけなかった。

――確かに、「口答えをする妻を夫が殴るのは当然」みたいな描写が昔の新聞4コマ漫画などにもありますね。

斎藤:例えば、韓国の昔の小説なんか読むと、夫が妻をガンガン殴る。まあ韓国の場合、女性も負けずに泣くしわめくし、物を投げたりしますけどね。それに比べると『キム・ジヨン』は相当洗練されていますね。ジヨンのお父さんはお酒を飲まないし、ギャンブルもしませんから。

生々しくて強い、80~90年代の韓国小説

――80年代、90年代の韓国小説よりも、洗練されている?

斎藤:その一方で、弱々しくもある。たとえば、80年代の韓国小説『結婚』(※)は、雑誌記者の女性と大学院生の男性が結婚して、女性が仕事、男性が家事をする実験的な小説。2人はお互いの主張をぶつけ合うんですね。『結婚』が肉食動物だとしたら、『キム・ジヨン』は植物ですらない、バクテリアかってぐらい違うかもしれない。『結婚』は、面白いけどついていけない烈しさがあります。

(※)(朴婉緒、中野宣子訳/學藝書林)

――面白そう……。

斎藤:あとは、90年代の『サイの角のようにひとりで行け』(※)。これは韓国で30万部ぐらい売れて一世を風靡した本。映画化もしました。これは若いころに大学で民主化運動をしていた人たちの後日談なんです。あのときは男女ともに平等に政権と闘った。でも今は……という。

(※)(孔枝泳著、石坂浩一訳/新幹社)

――一緒に闘った男女が、すれ違うんでしょうね……。

斎藤:3人の女性が主人公なんですが、3人とも結婚に失敗しているんです。この小説の中に印象的な言葉があって、「お母さんたちは娘に自分のようには生きるなと言った。息子にはお父さんのように生きなさいと言う」。その男女が結婚してうまくいくわけがない。育て方に矛盾がある。子どもたちは矛盾の中で育つんですよね。

――邦訳もあるんですね。

斎藤:はい。当時、韓国の小説を読む層は限られていたけれど、でもとても重要な本です。

関連記事

新着記事

»もっと見る