ジェンダー観をアップデートする

2019年9月18日

»著者プロフィール
著者
閉じる

小川たまか (おがわ・たまか)

フリーライター

1980年東京生まれ。教育、働き方、性暴力などを取材。『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』(2018年/タバブックス)。Yahoo!個人「小川たまかのたまたま生きてる」(https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/)などで執筆。Twitter:@ogawatam

(MongkolChuewong / iStock / Getty Images Plus)

 『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ/筑摩書房)の日本でのヒットや、異例の3刷となり単行本化も決まった「韓国・フェミニズム・日本」特集の『文藝2019年秋季号』。人気の土台となっているのは、ここ数年の韓国でのフェミニズムの盛り上がりに対する興味・関心だろう。

 ジェンダーギャップ指数は日本よりさらに下位の韓国。しかし、ひとたび事件が起これば、ジェンダー不平等に声を上げる数万人規模のデモが起きる国でもある。『キム・ジヨン』を始めとする最近の韓国小説は、理想へ手を伸ばし現場で声を上げることを後押しするような作品が多いようにも感じる。

 『キム・ジヨン』で翻訳、『文藝2019年秋季号』の単行本では監修を務める翻訳家の斎藤真理子さんにインタビューを申し込んだところ、「ウーマンリブや雇用機会均等法の女子の就職事情など、若い世代に伝わっていないことも多い。そのあたりもお話できるなら」と、ご返信をいただいた。

女の子が勉強してどうなるのか
ビジョンがなかった時代

――数カ月前のトークイベントの際に、斎藤さんが『キム・ジヨン』などの韓国文学について「娘を助けてあげたいけれど、自分の経験が役に立たないことを母たちが知っている。世代的に母たちの気持ちに共感するところがある」と仰っていたのが心に残りました。

斎藤:私にとってこの本は、親世代に何ができるかという物語でもあるんですよね。私は最初からのシングルマザーなので、ある程度強いんですが、私がどんなに強くても、今の時代を生きる子の悩みや困難は解決できません。これが、キム・ジヨンを救ってやれないお母さんのオ・ミスクさんの辛さと同質なんです。私の子どもは女性ではなく男性ですけどね。ともかく、問題は個人の強さ、弱さにあるんじゃなくて、社会システムのバグと、それによって損なわれた自尊感情だから。

 社会の変化がゆるいときには、親が子どもにアドバイスしやすい。でも変化が大きい時代だと、親と子の世代で社会が全く違うので、親の体験がもう役に立ちません。例えば就職活動のやり方なんか、そうですよね。

 でも、振り返ればいつもそうだったんでしょうね。私の母も「勉強しろ」と強く言いました。とはいえ、「女の子が勉強してどうなるのか」というビジョンを母も持っていなかった。母は私にどういう人になってほしかったんだろうということを今も思いますね。

――斎藤さんが大学を卒業されたのはまだ雇用機会均等法前。

斎藤:女性が続けられる仕事といったら、教師、美容師、看護師(※)。だから娘に看護師を勧める家庭は多かったんじゃないでしょうか。母が看護師だから自分もという人も。

(※)2002年頃まで「看護師」は「看護婦」の名称が使われていた。

――今もそうですが、地域差もありそう。

斎藤:私は新潟出身だったので、地元では特に女性の生き方が限られていたと思います。いい大学に入って、運が良ければ地元のかたい会社や、東京の良い会社で事務職について、いい男性と出会って……ぐらいの漠然としたビジョンしか親も持っていなかったのではないでしょうか。それでもお見合い話を持ってこなかったから、当時としては進歩的ですよ。私は東京の大学に進学しましたが、女の子は地元で進学すべきという雰囲気も強かった時代です。

関連記事

新着記事

»もっと見る