2024年4月26日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年10月24日

 10月6日、トランプ大統領はクルドが支配するシリア北東部へトルコが侵攻することを容認する方針を打ち出した。これは、トランプの衝動と気紛れが引き起こした騒動のようである。ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルといった大手メディアやそれらのコラムニスト達ばかりではない。共和党のミッチ・マコーネル、リンゼイ・グラム、マルコ・ルビオといった大物政治家や前国連大使ニッキー・ヘイリーまでもが、一斉に反発し非難している。 

non-exclusive/Turgay Malikli/iStock / Getty Images Plus

 10月6日のホワイトハウスの声明が言っていることは次の 2つである。 

(1)トルコは間もなくシリア北東部に侵攻する。米軍はこの作戦を支持もしないし関与もしない。米軍は近接する地域には最早存在しないであろう。 

(2)米国はフランス、ドイツ、その他欧州諸国に囚われているIS戦闘員を引き取るよう要求して来たが、彼等は拒否した。米国はIS戦闘員を抱えて行くつもりはない。何故なら長期間を要し、納税者にとって大きなコストになる。今後はトルコがIS戦闘員に責任を持つ。 

 この声明は、トランプ大統領がエルドアン大統領と電話で会談した直後に出されたものであるが、エルドアンに何を話したのか。トルコがロシアのS-400ミサイル・システムを導入したことに対する対応を有耶無耶にしたままであるが、エルドアンとの関係はどういうものなのか、すっきりしない。 

 何を考えてこの度の政策を打ち出したのか、定かでない。犬猿の仲のトルコとクルドの間を取り持ちつつ、両者との協力関係を維持するというおよそ解決可能とは思われない問題の解決に向けてある程度の進展はあったらしく、両者を引き離す「安全地帯」を国境地域に設けて米国とトルコが共同でパトロールすることも始まっていたようであるが、トランプの突然の表明はこの方針をひっくり返すものである。問題点は、次の通りである。 

 第一に、これはクルドに対する裏切りである。ホワイトハウス の声明はトルコ軍がシリア北東部のクルド支配地域に侵攻することを米軍は邪魔しないと約束している。今後、ISの脅威に対処する上でクルドの協力は得られないことになる。各方面の非難に驚いたのか、トランプは「クルドは我々と共に戦った。しかし、そのために彼等には莫大なカネと装備が支払われたのだ」とツイートしたが、これは余計な侮辱である。トランプは「もしトルコが許容範囲を超えれば、トルコ経済を完全に破壊し抹消する」とツイートしたが、タガの外れたレトリックでしかない。 

 第二に、クルドはトルコに太刀打ち出来ないであろうから、全面的な戦争になるとは限らないが、シリアは更に不安定化する。米軍が頼りにならないと見切りをつければ、クルドはアサド政権との取引きに走るであろう。米国のシリアにおける政治的足場は弱まるであろう。 

 第三に、トルコは侵攻する地域からクルドを駆逐し、そこに国内に滞留するシリア難民を帰還せしめる挙に出るかも知れない。それは紛争を引き起こすであろうし、クルドはそれが「民族浄化」に類した事態になることを恐れているようである。 

 第四に、シリア北東部の収容所に拘束されている2000人以上のIS戦闘員(その他に 7 万人の戦闘員の家族がキャンプに収容されている)は今後トルコが管理するとホワイトハウスの声明は言っているが、トルコにその意思と能力がある筈はない。トルコとの戦闘となれば、クルドは管理を放棄し(IS戦闘員を管理しているのは米軍ではない)、IS戦闘員が野放しになる危険がある。 

 10月9日、トルコは越境作戦を開始した。

 これを受けて、トランプはトルコとクルドの戦いは歴史的に不可避なのだと言い訳のようなことを言い、クルドの米軍に対する協力の価値を貶めるようなことも述べた。更には囚われているIS戦闘員は欧州に逃げ出すだろうと論点をすり替えるようなことを述べた。

 リンゼイ・グラム議員は、トルコに対する制裁法案を提案する意向である。トランプ政権の信頼性は大きく傷付いた。そして、拘束されているIS戦闘員をどう取り扱うかの問題の緊急性が図らずも改めて明らかとなった。

  
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