2024年4月20日(土)

前向きに読み解く経済の裏側

2019年12月16日

 中堅企業のパートを幅広く厚生年金に加入させようと厚生労働省が検討しているが、加入はパート職員と勤務先が合意した場合に限るべきだ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。

(hyejin kang/gettyimages)

厚生年金の加入は、要件を満たすと義務

 日本の年金制度は3階建てとなっています。1階部分は基本的に全員が加入する国民年金、2階部分はサラリーマン(女性を含み、公務員等を含む、以下同様)が加入する厚生年金、3階部分は各自、各社が自由に加入する私的年金です。

 本稿が問題とするのは、2階部分の厚生年金の加入要件です。一定の基準を満たした労働者は厚生年金への加入が義務で、満たしていない労働者は加入できない、という制度となっていることが問題なのです。

 サラリーマンの専業主婦(主夫を含む、以下同様)は、年金保険料等の支払いが必要ありませんが、一定以上働くと専業主婦とみなされず、保険料等の支払いが必要となるので、その境界線を越えないようにする人が多い、というわけです。

 細かい規定が多いのですが、あえて大胆に大枠だけを示せば、正社員であれば全員加入、中堅中小企業のパートは週30時間以上働けば加入、大企業のパートは週20時間以上働けば加入、といったイメージです。

 大企業でパートをする場合、週20時間以上働き、年収が106万円以上あれば、ということですが、時給千円で週20時間働くと年収は約106万円になるので、両者は概ね同じことになるわけです。これが「106万円の壁」と呼ばれるものです。

 紛らわしいのですが、上記の条件を満たさない場合には、厚生年金には加入しませんが、年収が130万円を超えると夫の扶養から外れるので、国民年金保険料の支払い義務が生じます。これが「130万円の壁」と呼ばれるものです。これについては後述します。

 ちなみに、自営業者等の専業主婦は「夫の扶養にはいる」という概念がなく、もともと社会保険料の支払い義務がありますから、106万円の壁等は関係ありません。そこで以下の本稿では「パート」というのはサラリーマンの専業主婦がパートで働いている場合を指すこととします。

政府は対象範囲を拡大する方針

 政府は、「週20時間で厚生年金加入」の対象範囲を大企業から中堅企業へと拡大する方針を固めたようです。ちなみに本稿が「大企業」と呼んでいるのは、従業員が501人以上の企業、「中堅企業」と呼んでいるのは、従業員数が51人以上の企業のことです。

 これにはパート労働者と中堅企業の負担増という問題があります。厚生年金保険料は労働者と使用者が折半で支払うものだからです。一方で、パート労働者が老後に受け取れる年金の増額と、年金財政へのプラスの効果というプラス面があります。これをどう考えるべきでしょうか。

厚生年金に加入したいパートと、そうでないパートが存在

 現在の制度を前提に、中堅企業で週に25時間弱働いているパートを例に考えます。時給1000円だと年収が130万円弱ですから、夫の扶養にはいることができるため、社会保険料を支払う必要がありません。

 週に30時間働く場合には、厚生年金に加入することになります。年収は156万円となり、年金保険料等々を支払った後の手取りが週25時間弱労働の場合と概ね同じになります。

 これをどう考えるかは、人それぞれでしょう。「遠い将来の年金のことなど考えたくない。毎週5時間、タダ働きさせられるのは嫌だ」と考える人と「週に30時間働くことはできないから、厚生年金に加入するのは無理なので、国民年金保険料等は支払いたくない」という人は、夫の扶養となる週25時間弱を選ぶはずです。

 一方で、「毎週5時間多く働くだけで厚生年金に加入できて老後の保障が厚くなる」と考える人は、30時間労働を選ぶはずです。ちなみに1年働くごとに老後の年金が年間8000円ほど増えますので、30年間続ければ年間25万円ほど年金が増える計算になります。

 つまり、今の制度では、中堅企業で働くパートには、選ぶ権利があるわけです。これを政府は奪おうとしています。週25時間弱働いているパートも、厚生年金の加入が義務になるからです。

 今ひとつ問題なのは、企業が雇用を減らす可能性があることです。「厚生年金保険料の半分を負担させられると、採算がとれないから事業を縮小しよう」と考える企業が出てくるかもしれません。

 「中堅企業で働くパートにも、老後の保障を充実させてあげたい」という政府の親心が裏目に出かねないわけですね。弱者保護が弱者を困らせる場合がある、ということには留意が必要ですね。

 余談ですが重要なこととして、現行制度の下で中堅中小企業で働くパート(時給1000円)の労働時間が25時間を超えると、困ったことが起こります。労働時間が30時間未満ですから勤務先で厚生年金に加入することはできませんが、一方で年収が130万円に達することで夫の扶養を外れますから自分で国民年金保険料等々を払う必要が出てきます。年間30万円弱の負担増となりますが、負担が増えるだけで、老後の年金は増えないのです。

 それを避けるために年収を130万円以内に抑えるパートが中堅中小企業には多く、これが「130万円の壁」と呼ばれているものです。時給を1000円とすると、週の労働時間は25時間未満(年収130万円未満)か30時間以上(厚生年金加入)が良く、その間は選ぶべきでない、というわけですね。


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