名門校、未来への学び

2020年1月29日

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鈴木隆祐 (すずき・りゅうすけ)

ジャーナリスト

1966年長野県生まれ。法政大学文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、その後フリーに。著書に『名門高校人脈』(光文社新書)、『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)ほか。

弓道で鍛えた集中力

 

 梶田さんがそんな微細な動きを捉えたのにも、高校時代から取り組んだ弓道が無縁だったとは思えない。弓で的に狙いを定めて射るのも、恐ろしく集中力を要する。わずかな手許の狂いで矢は的の中心を外れてしまう。一方で会心の一矢もあろう。

「人には向き不向きというか、能力的なことがある。大学院に入って進路を決める時期も、私は実験的研究のほうがよくて、自分にピッタリだと思えたんです。一日中論文を読んだりとかじゃなく、フィールドワークの仕事、実験と決めていた。

 カミオカンデは鉱山に作ったんですね。今は操業も停止し、自動車で入れますけど、当時は小さい列車で鉱山の人たちと一緒に入り、彼らと同じ朝の7時頃から夕方まで作業したんです。鉱山のアパートで寝泊まりし、夜は研究者仲間とお酒を飲んでは、どういうことをやろうとか話し合うのも楽しかった」

 梶田さんとは川高で「生徒研究発表会」が催される際にお会いした。1・2年生が探究活動の成果を披露する、年に一度の機会に、同校サイエンス探究事業アドバイザーとして講評をするのだ。梶田さんは飄々とした足取りで、各教室をランダムに見て回り、わりと長く滞在していたのが、専門の物理とは異なる地学分野での発表だった。

 それはある一級河川の水質汚染状況の調査だったが、生徒の発表に耳を傾けていた梶田さんは腕組みをし、「なぜこの調査結果からその結論が導かれたの?仮定のまま推論を続けていないか?」と鋭い質問を投げた。

 「躊躇したんですが、誰かが言ってあげないと…。環境問題には興味がありましてね。日本は科学技術立国を掲げている。多くの高校生に科学に興味を持ち続けて欲しいですね。とはいえ、せっかく博士課程まで行っても、いわゆるポスドクのまま、悲惨な待遇のせいで、研究の道を諦めてしまう人が多い。これは大きな損失です。研究の道もその人の人生に役立つものであって欲しいですよね」

 大学院修士まで進むのも理系にとっては当たり前になってきたが、そのまま企業に就職する学生も少なくないだろう。コツコツと研究を続けようにも、未来が見えないからだ。そんな状況に一矢を報いる梶田さんの言葉に、穏やかな表情の底に光る闘志を感じた。
(写真=松沢雅彦)

梶田隆章(かじた・たかあき)東京大学宇宙線研究所長
1959年、埼玉県東松山市生まれ。埼玉県立川越高等学校、埼玉大学理学部物理学科卒業。1986年 東京大学大学院理学系研究科博士後期課程修了。2008年から現職。
2015年、ニュートリノ振動の発見によりノーベル物理学賞受賞。東京大学卓越教授。

 

  
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