2024年11月22日(金)

名門校、未来への学び

2020年1月29日

 日本を代表する名門高校はイノベーションの最高のサンプルだ。伝統をバネにして絶えず再生を繰り返している。1世紀にも及ぶ蓄積された教えと学びのスキル、課外活動から生ずるエンパワーメント、校外にも構築される文化資本、なにより輩出する人材の豊富さ…。本物の名門はステータスに奢らず、それらすべてを肥やしに邁進を続ける。

梶田隆章さん

 ノーベル物理学賞者で東京大学卓越教授、同宇宙線研究所長の梶田隆章さんは川越高校(以下、川高)では弓道部に所属した。ノーベル賞受賞時の報道によると、3年生になれば、大学受験に向けて部活を引退する部員が多い中、梶田さんは同級生の部長と2人、3年最後の試合まで部活をやり切ったとか。コツコツと努力を惜しまぬ人なのだ。

 「高1の時は体力がなく、家に帰って勉強しだしても、いつも途中で寝ていましたね。当時はひょろひょろで背が低く、体力勝負じゃダメだろうと思って始めた部活ですが、練習ではまず弓の練習をして、その日の最後に基礎トレーニングを1時間くらいやっていました。身長は高校で20cm伸びて、183cmになりました。部長は同級生で、今は母校で教えていて、部の顧問もしていますよ。彼とは同じ埼玉大に進学してからも、一緒に弓道部で活動しました。彼は高校時代本当に頑張っていました」

 埼大時代、1979年の関東学生が集う弓道大会で団体優勝したメンバーに選ばれているというのに、この謙遜ぶり。その部長こと新津雅之さんが各紙の取材で語った梶田評も、「いちずで、一つのことにかけてみるタイプ」。向き合って話をしていても、梶田さんは朴訥な高校生のままという印象だ。ノーベル賞を獲った偉い人感を一切漂わせない。

 「大学でのほうがむしろ、真面目に弓には取り組みましたね。段位は四段。妻とも大学弓道部で知り合いました。その後も30歳くらいまでは弓を引いていましたが、以降はまったくそんな時間もなくなってしまいました。今は特に趣味もない。ともかく忙しすぎて…。今でも弓を引きたいなと思いますね。趣味と言えば、せいぜい一杯やることかな」

 と盃を持つポーズ。自宅はカミオカンデでの研究に取り組んで以降、縁が生まれた富山県に構えている。「あちらは日本酒がおいしいですから」と、一瞬哀しげな表情を浮かべた後、再び笑顔に戻った。その富山市の自宅に帰れるのも、平均すれば月に一、二回という。「いつでも引けるように」と、弓の道具は今も大事に保管しているのだとか。

 「生まれは埼玉県東松山市の農家。田舎で回りは田んぼばかりでした。三人兄弟の長男で、おとなしいほうでしたが、小学校の頃はそんな環境でいっぱい遊びましたね。中学では理科や科学に漠然と興味を持っていましたが、そこまで得意だったわけでもない。社会は嫌いじゃなかったですね。国語、特に古文や漢文は苦手でした。

 今と違って、高校の情報などなくて、川高が地域を代表する伝統校とも、あまり知らずにいました。でも、中3の担任がたまたま川高卒だったんです。そこで、『いい学校だ』と薦めてくれた。入学してみると、皆さん自由にやっているなと(笑)」

 高校ではそんな風に弓道の虜になりながらも、物理学や天文学などにも興味を持ち、理系に進路を定めた。県内屈指の進学校である川高で、成績は「中の下程度」だったが、若い時分に無心に弓を引くという行為で、元から備えていた集中力がしずしずと磨かれていたのだろう。

 「この試合でどうだった、という記憶はわりと残っていますね。上手く行かない時、反省してもそれを繰り返しちゃうんです。弓道では心の持ちようで負けるという場合が多い。思うに、いかに強い気持ちを持つかが大きい」

 梶田さんのノーベル賞受賞理由は、ニュートリノの振動の発見と、それが質量を持つことを明らかにしたこと。ニュートリノとは電気を持たない、物質を構成する最小単位の素粒子の一つ。1983年に始まった岐阜県飛騨市神岡町でのカミオカンデ実験では、87年に史上初めて超新星爆発によるニュートリノの観測に成功。これを皮切りに、先んじてノーベル賞を受賞した小柴昌俊博士と当時助手だった梶田さんは、ニュートリノの実体に迫る数々の成果を挙げてきた。

 その成果の一つが「大気ニュートリノ異常」の観測。理論的には、ミューニュートリノの数が電子ニュートリノの数の倍来ているはすなのだが、ミューニュートリノの数が明らかに少ないことをカミオカンデで発見し、この原因がニュートリノ振動であることをスーパーカミオカンデで梶田さんらは発見した。

 ニュートリノ振動は、詳細に調べれば、宇宙の成り立ちの解明にもつながる。ニュートリノが質量を持っているということは、それが1対1でできた物質と反物質のバランスをわずかに崩し、我々を完全消滅から逃れさせ、その存在を可能足らしめたと見なせる。


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