「優秀なベトナム人は日本には来ません」
そうはっきり言う在日ベトナム人がいる。日本にやってきて5年目で、現在は東京都内の商社に勤務するフーンさん(27歳)だ。
日本への留学は金さえ払えば簡単にできてしまう
「ベトナムで最も優秀な学生は欧米に留学していきます。次に人気なのが、オーストラリアやシンガポールといった英語圏。日本ですか? 出稼ぎ以外で行きたい人は少ないですね」
事実、在日ベトナム人の多くは、実習生や留学生として出稼ぎに来ている若者たちだ。たとえ出稼ぎ目的であろうと、日本への留学は金さえ払えば簡単にできてしまう。低学歴で、現地では仕事が見つからない者ほど日本へ向かいがちだ。そんな国に、本当に優秀なベトナム人が、留学であれ、また就職であれ、わざわざ渡ろうとは考えない。
フーンさんは数少ない例外と言える。彼女はベトナムでトップクラスの大学を卒業し、日本へと留学した。その後、日本語能力試験で最高レベルの「N1」を取得し、日本で就職した。なぜ、優秀なベトナム人であるフーンさんは「日本」を選んだのか。
フーンさんはベトナム北部の小さな村の農家に生まれ育った。家は貧しく、村では大学に進学する若者も珍しかった。そんななか、彼女は勉強に励み、首都ハノイにある有名大学へ進学した。
「大学の同級生は、お金持ちや特権階級の子どもたちばかりでした。まるでネイティブ・スピーカーみたいに英語を話していて、驚きました。親にお金があるので、小さい頃から勉強しているんです」
フーンさんはよい仕事に就き、家族を助けたかった。しかし、大学卒業時にベトナム特有の「壁」にぶつかることになる。
彼女は欧米の大学院への留学を望んだ。ベトナムの若者にとっては最高のエリートコースである。だが、国費などの奨学金が割り当てられるのは、政府関係者などの子弟ばかりだった。
「ベトナムは個人の実力以上に、コネや賄賂がモノを言う国です。いくら努力しても、どうにもならないことがある」
賄賂の蔓延については、大学時代のアルバイトを通じて目の当たりにしていた。
アルバイト先は大手の旅行代理店で、政府機関の海外視察なども請け負っていた。経営者はフーンさんをかわいがり、顧客である政府機関担当者への接待にも同行させた。彼女は当時をこう振り返る。
「接待では、高級なレストランが使われました。そこで賄賂のお金を渡すのです。金額は少ないときで5万円ほど、多いと50万円にもなりました。しかも一度だけではありません。テト(ベトナムの旧正月)のような祝日から相手の奥さんの誕生日まで、何かにつけて接待します。相手によっては1年に10回以上も賄賂を渡していた」
ベトナムの物価水準は日本よりまだまだ低い。「5万円」でも大金だが、それが年10回にも及べばかなりの額になる。そこまで賄賂を払うのは、契約できれば元が取れるからなのだ。
ベトナムは社会主義国という事情もあって、国や省などの政府が絶大な力を持っている。幹部になると、自らの裁量で採用できる枠まである。縁故で採用された人材は、当然ながら仕事ができない。それでもコネによって出世し、職権を利用して私服を肥やしていく。フーンさんが海外を目指したのは、そんなコネと賄賂が蔓延るベトナムに嫌気が指したからだった。