今年も今月1日から6日まで宮崎に行き、プロ野球のキャンプを見て回った。テレビやスポーツ紙に「球春到来!」などと華々しく報じられるが、実際のキャンプ取材は極めて地味なものである。一日中じっくり練習を見ては、選手の手応えや首脳陣の評価を聞いて回る。毎日がその繰り返しなのだから。
私は例年、広島の日南キャンプへ行くには、宿を取った宮崎市から、一般のファンと同じように公共交通機関を使う。往路の路線バスは約1時間50分で1860円。復路のJR日南線は約1時間20分で1130円だ。
他球団が軒並み休養日で、広島だけが練習を行った5日の夕方は、帰りの車両がファンでぎゅうぎゅう詰めだった。最近癌から復帰した山本浩二さんが監督をしていたころには考えられなかった現象である。昨季は4連覇を逃したとはいえ、まだまだ全国的なカープ人気は高いことを実感した。
その広島では、キャンプ序盤から若手投手の激しいサバイバルレースが行われていた。
現在、一軍での指定席を確保している投手は先発陣の大瀬良大地とジョンソンぐらい。リリーフ陣の中﨑翔太、今村猛、一岡竜司、中田廉らも今後の状態次第では容赦なく二軍に落とされるだろう。現役時代、自他ともに認めるエースとして、先発、抑え、中継ぎとすべての役割で実績を残した佐々岡真司監督は、大がかりな投手陣の入れ替えも辞さない方針だ。
新たな布陣の中で、最初に決まりそうなのが岡田明丈の中継ぎ転向である。
2年目の2017年に12勝したエース候補も、昨季は極度の不振で3試合登板にとどまり、プロ初の未勝利に終わった。が、そんな岡田を「長いイニングでは制球を乱すことがあっても球には力があるから」と、佐々岡監督は七、八回に登板させるセットアッパーの切り札にすることを計画。早くも3日目にフリー打撃に登板させたところ、高橋大樹(25歳・8年目)、正随優弥(23歳・2年目)など、こちらも期待される若手打者をほぼ無安打に抑える好投を見せている。
では、その岡田につなぐ先発やリリーフの空席は、誰が埋めるのか。佐々岡監督の秘めたる構想は、2日目のフリー打撃と、5日目の実戦形式のシート打撃の両方に登板させた6人の顔ぶれからうかがえる。
遠藤淳志(20歳・3年目・通算1勝1敗1S6H)。山口翔(20歳・3年目・同1勝3敗)。ケムナ誠(24歳・3年目・同0勝0敗)。
矢崎拓也(25歳・4年目・同1勝3敗、入団時は旧姓加藤)。高橋樹也(22歳・5年目・同0勝2敗1S1H)。塹江敦哉(22歳・6年目・同0勝2敗)。
いずれも潜在能力を評価されながら、3年目以上で一軍に定着できず、そろそろ結果を出さなければならない投手ばかり。こういう若手たちを同じカテゴリーの中で競争させ、チーム力の底上げを計っているところが広島ならではだ。
彼らの中で、佐々岡監督、新任の横山竜士、澤崎俊和投手コーチら首脳陣の期待度が最も高かったのが3年目で20歳の遠藤である。
遠藤は昨季、交流戦のソフトバンク戦に中継ぎの3番手で初登板、1回を無安打無失点に抑える上々のデビューを飾った。その後、7月の中日戦で初ホールド、8月のヤクルト戦で早くも初勝利をマーク。シーズン後半は戦線離脱した中崎、一岡の穴を埋めるセットアッパーとして一軍に定着している。
今年は1月の自主トレ中、ソフトバンク・千賀滉大のように真っ直ぐ上げた左足をいったん静止する投球フォームに変更。このキャンプでは、同期で同い年の山口と先発ローテーション入りを争う立場に置かれた。フリー打撃でもシート打撃でも、遠藤の次に山口が登板しており、この順番にも互いに切磋琢磨することで成長させたいという首脳陣の意図を感じる。
ただし、こういうお膳立てがすぐに効果を発揮し、遠藤も一皮剥けた快投を披露となるほどプロの世界は甘くない。この日の遠藤はメヒアにヒット性の当たりを連発され、左中間の場外へ飛び出す特大の一発を被弾。野間峻祥にも右翼への本塁打を浴びてしまった。
遠藤自身が言うには、この日は「真っ直ぐだけ」しか投げず、持ち球である縦のカーブ、スライダー、フォークは使っていない。「本塁打された球は高かった」と言うが、千賀を意識した「新しいフォームにはいいボールが多かった」と自己評価している。
しかし、佐々岡監督、澤崎コーチは、遠藤の上げた左足が静止する時間が長過ぎることを指摘。遠藤はフリー打撃のあとでブルペンへ戻り、新フォームを再チェックしていた。
こうして中2日置いて行われたシート打撃登板では、左足を上げる時間が短くなった。が、そのぶん相手打者にとってはタイミングが合わせやすくなったのか、鈴木誠也、西川龍馬、メヒア、それに新人の石原貴規(21歳・ドラフト5位・捕手・天理大)と次から次に痛打されている。
これには佐々岡監督も、「よかったときのことができてなかった」と渋い表情。遠藤も「先発ローテは簡単には入れない。いまは一日を無駄にせず、メニューのすべてを全力でやっていきたい」と、懸命に前向きな言葉を絞り出していた。
与えられたチャンスをものにできずに唇を噛む若手。そこにあえて厳しい苦言を呈する元スター選手の監督。これもキャンプならではの印象に残る光景と言えよう。
遠藤と一緒に登板した若手投手の中では、同じ3年目のケムナ誠がちょっと面白い味を出している。こちらは遠藤と違い、真っ直ぐにカーブやスライダーなど、変化球を交えて打者と対戦。飄々としたマウンドさばきで、打たせて取るスタイルが目を引いた。
アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれたハーフで、3歳のときに出生地のハワイから日本に移住。5歳からキャンプ地の日南に引っ越し、日南高卒業までこの地で暮らしていた。高校時代はキャンプ中、広島の選手や関係者がよく通うラーメン店でアルバイトをしていたこともあるという。
そんなケムナが一軍キャンプに抜擢されたのは、3年目の今回が初めて。彼がマウンドに上がると、そのたびにネット裏にアメリカ人の父親が現れ、最初から最後までスマホで息子の投球を動画に収めていた。
お父さんは愛想がよく、メディアの取材を快く受けていた、と聞いたケムナは、「それは父が取材を受けたんじゃなくて、父が自分からメディアに(売り込んで)取材を受けに行ったんだと思います」と苦笑しながら話していた。現在の状態は「50点から60点」と謙遜していたが、もっと発奮して後半の沖縄キャンプまで生き残ってほしい。