「300元(約4800円)は暴利だ!」
2019年4月、中国で映画「アベンジャーズ/エンドゲーム」が公開された。歴代世界一の興行収入を記録した同作は中国でも大人気で、前売り券の予約だけで興収が7億7000万元を突破した。しかし、公開と同時に話題となったのがチケットの値段だ。大都市での最速上映回の前売り券は平均300元と、通常時の数倍の価格に設定された。
一部の映画ファンは不満の声をあげたが、怒りはそれほど拡散しなかったようだ。それというのも中国では「順番待ちを金で解消する」のは日常茶飯事だからだ。
例えば配車アプリ「滴滴出行」(ディディチューシン)にはボーナスという機能がある。朝晩の通勤ラッシュ時や復路に客がつかまらないな場所を目的地にしている時などは、配車アプリを使ってもなかなか車はつかまらない。そういう時に正規料金以外にボーナスを支払うことで優先的に配車してもらえるようになる。「50人待ち」など気が滅入(めい)るような時でも、金で一気に順番を抜かせるのは爽快感すら感じる。
こうした事例を見ると、中国ならば他にも多くの事業者がダイナミックプライシングを用いているのでは、と思われるだろう。しかし、事業者が直々に導入しているのは上記の他には航空券ぐらいしか例がない。その一方で、大胆な価格変動で様々な商品やサービスを購入できる。アリババのECサイト「淘宝網」や、クーポンサイト「美団網」など、外部サイトの存在感は増している。
自社サイトで激しく値下げすれば定価で購入した人から事業者が批判されるが、外部サイトでの販売ならばそうした批判を受けるリスクは少ない。
中国においては、このような外部サイトを通じ、実質的にダイナミックプライシングで需給の均衡が保たれている。その理由は、中国社会特有の「事情」による。
改革開放以後、中国には市場経済が導入されたが、あらゆるリソースが不足する状態が長く続いた。リソース分配の最適の方法は価格設計であり、価格を高騰させることで圧倒的な需要不足を調整する歪んだ市場経済が生まれた。その一方で、建前は社会主義のままだ。そもそもの事業者自体が最初から値段をつり上げるようなことは批判されるリスクがつきまとう。
最近でも、新型コロナウイルス肺炎問題でマスクを高額で販売した薬局に北京市から300万元もの罰金が科された。生活必需品においては、不道徳と見なされれば政府から処罰される可能性もあるということだ。需給に応じて価格を大胆に変化させる完全な市場経済化は、データ大国となった今でも、中国には難しい。
■「AI値付け」の罠 ダイナミックプライシング最前線
Part 1 需給に応じて価格を変動 AIは顧客心理を読み解けるか
Part 2 価格のバロメーター機能を損なえば市場経済の「自殺行為」になりかねない
Column ビッグデータ大国の中国で企業が価格変動に過敏な理由
Part 3 「泥沼化する価格競争から抜け出す 「高くても売れる」ブランド戦略
Part 4 データに基づく価格変動が社会の非効率を解消する
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