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2020年3月17日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙「ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て、フリー。著書には、『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)などがある。

 愛媛県西予市の農業法人「豆道楽」で代表取締役を務める渡邊邦廣氏(67歳)の悩みは「人手不足」だった。求人を出しても募集はほとんどない。たまに地元の若者を雇用できても、仕事は長続きしなかった。

 近隣の中小企業では、農業関係に限らずベトナムなどから実習生を受け入れ、人手不足の解消を凌いでいるところが少なくない。だが、渡邊氏には実習生を採用する気はなかった。実習生は日本語能力に不安があるため、他の従業員の負担が増える。従業員10人程度の会社には、実習生に付きっきりで仕事を教えるような余裕などない。

渡邊社長とカーラ君

 そんなとき、知り合いの経営者から「ブータン人留学生を採用してみないか」との打診があった。ブータン人たちは日本語学校の卒業を控え、就職先を探しているのだという。母国でトップクラスの大学を卒業し、英語も堪能とのことだった。かつて渡邊氏は、豆腐でアメリカ市場への進出を考えたことがある。「ブータン人」に興味を持ち、ロビン君(25歳)とカーラ君(27歳)との面接に臨んだ。

 「面接で最も強く感じたのが、彼らの仕事に対する意欲です。そして夢を持っているのも素晴らしいと思いました」

 2人の正社員としての採用が決まった。それから1年近くが経つ今、渡邊氏は自らの見る目に狂いはなかったと確信している。

 「2人とも頭がよくて、向上心がある。おかげで会社も活性化しています」

 彼らとの距離を縮める努力は惜しまない。仕事が終わった後、一緒に酒を酌み交わすこともある。今年2月、ブータン国王の誕生祭が地元公民館で開かれた際には、壇上でブータン人らに混じって踊りもした。

 渡邊氏のブータン人たちへの思いには、自身が歩んだ道も影響している。渡邊氏は9代目の農家だが、いったん実家を離れてサラリーマンの道へと進んだ。その後、農業を志し、熊本の大学で学んでいた頃、人生を変える出会いがあった。相手は大学に講師として招かれていたイチゴ農家の経営者で、渡邊氏は大きな影響を受けることになる。

 「『日本一のイチゴ農家』と呼ばれた(熊本県)八代の方でした。当時から八代は、大規模で先進的な農業をやっていた。農業に夢が描けるんです。愛媛とは全く違っていて衝撃でした」

 地元に戻った渡邊氏は、2000年代前半に有限会社を設立した。最近でこそ、農家が生産から加工や流通・販売まで取り組む「6次産業化」が広まっている。しかし当時は全国的にも農業法人は珍しく、先駆的な取り組みだった。その後、渡邊氏は「豆腐」に着目し、全国各地を回って理想の豆腐を探した後、現在のビジネスを軌道に乗せていく。

 ロビン君とカーラ君は将来、ブータンに帰国するつもりだ。渡邊氏には2人の姿が、熊本で学んでいた頃の自分と重なるのかもしれない。

 「ロビンは養鶏、カーラはコメ作りに関心があるようです。特定の分野を勉強することは大切なこと。そのためにも日本で5年はがんばってもらいたい。もちろん、日本にいる間も、ブータンに帰ってからも彼らを応援していくつもりです」

実習生の指導役

「宇和島食菌」酒井正則部長とブータン人社員たち

 西予市の隣、宇和島市が拠点の「宇和島食菌」は、キノコ類やトマト苗を製造する有限会社だ。同社も昨年春、5人のブータン人留学生が正社員として採用した。父親が経営する会社で、部長を務める酒井正則氏(49歳)が言う。

 「当初は、人手不足解消になればとの思いで採用しました。しかし、ブータン人たちは思っていた以上に優秀でした」

 宇和島食菌が採用した5人も、ロビン君やカーラ君と同じくブータンの大卒だ。来日後には日本語学校で1年半以上学んでいるので、コミュニケーションにも問題はない。

 ブータン人留学生たちの採用から数カ月後、酒井氏の会社は2人のベトナム人実習生を受け入れた。会社にとっては実習生の受け入れは初めてのことだ。

 「ブータン人たちに実習生の指導役を任せているんです」

 酒井氏はそう胸を張る。

 実習生たちも来日前、母国で語学研修は受けている。しかし研修は短期間に過ぎず、日本語は簡単な会話が交わせる程度だ。また、実習生の場合は、高卒以下の学歴の若者が、日本へ出稼ぎ目的で来るケースが多い。

 その点、ブータン人たちは母国においても優秀とみなされる人材だ。ブータン人の元留学生とベトナム人実習生の両方を採用している別の農業法人経営者は、こんな本音を明かしてくれた。

 「ベトナム人実習生の場合は、人手不足解消のための労働力になれば十分です。でも、ブータン人たちは将来、国に戻って指導的な役割を果たしてもらいたい」

 酒井氏は2019年10月、ブータンを訪れた。会社の現地法人設立に向け、視察のための訪問だった。

 「現地に会社をつくれば、日本から帰国した人材の受け皿になります。また、ブータンから継続して人材を受け入れることもできる」

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