Washington Files

2020年4月6日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 民主党地盤の大都市を抱える「ブルー・ステーツ」諸州に集中していたコロナウイルス感染が、一挙に共和党支持州「レッド・ステーツ」にも広がり始め、11月大統領選ともからみ、トランプ・ホワイトハウスが警戒を強めている。

 「われわれは火急的速やかに、(感染者が急増する)ニューヨーク、ニュージャージー、コネチカカット3州の“ホット・エリア”を隔離状態とする決定を下すことになるだろう」-トランプ大統領は去る3月28日午後、ホワイトハウス記者団を前に突然、こんな強硬措置を予告した。その直後にも自分のツイッターで「私は3州隔離を考慮中であり、まもなく決定する」と念押しした。

(REUTERS/AFLO)

 ところがこれを知ったニューヨーク州のクオモ知事は、即座に猛反発「何も聞いていない。大統領は我々に戦争を仕掛けるつもりか」と記者団の前で怒りをあらわにした。実はクオモ知事は同日午前、コロナウイルス感染予防医療器具不足問題で大統領と電話会談を終えたばかりだったが、その際には、隔離の話は全く話題に上らなかったという。

 ニュージャージー、コネチカット両州知事も、大統領からは何の事前相談も受けていなかったとして、強い不満を表明した。

 結局、数時間後には、3州のみならず経済界からの猛烈な反発にもたじろいだ大統領は、この方針を撤回、ツイッターで「ホワイトハウス専門チームおよび3州知事の勧告を受け、当該州間の旅行自粛措置を要請した。隔離は不必要になった」と軌道修正、失笑を買う結果となった。

 だが、ご破算となったこの「隔離構想」には実は、伏線があった。

 ホワイトハウスは、全米最大都市ニューヨークと隣接のニュージャージー、およびコネチカット3州(いずれも民主党知事)で猛威を振るい始めたコロナウイルス感染を重く見て、巨大通勤圏を超え、南部、中西部への拡散を早期に抑え込む必要あり、と判断した。

 とくに、念頭にあったのはウエストバージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、インディアナ、ケンタッキー、テネシー、アラバマ、ジョージア、フロリダ、ミズーリ、アーカンソー、ミシシッピー、ルイジアナ、カンザス、オクラホマ、テキサスなどの南部諸州、および中西部ミシガン、ウイスコンシン、ペンシルバニアなど「レッド・ステーツ」で、いずれも11月大統領選でトランプ再選に欠かせない重要州だ。

 中でも2016年大統領選でトランプ当選の決定的カギとなったミシガン、ウイスコンシン、ペンシルバニア3州に今後感染者が増え、経済活動や市民生活に深刻な影響が及ぶことになれば、初期対応の遅れに対する批判も含め、本選で黄信号がともりかねない。これらの諸州が深刻な事態を迎える前に、なんとかコロナウイルス感染拡大を民主党地盤の大都市圏内で食い止める必要があった。

 トランプ再選支援に向けすでに動き出している一部州では、「ブルー・ステーツ」から「レッド・ステーツ」への感染拡大抑制を強く求める声が上がっていた。「隔離構想」を大統領の問題発言の直前に直訴していたフロリダ州のロン・デサンティス知事(共和)はその急先鋒だった。大統領は昨年、自宅住所を現在のニューヨークからフロリダに移したばかりであり、11月大統領選で「地元」となる同州を落とすことは絶対避けなければならない事情もある。それだけに大統領はとくに、デサンティス知事とはコロナウイルス感染危機以来、緊密に連絡を取り合うきわめて近い関係にあったという。

「レッド・ステーツ」に感染拡大

 ところが、「3州隔離」を大統領が口にするのとほぼ相前後するかたちで、小規模市町村からなるこれらの「レッド・ステーツ」にすでに感染拡大が始まっていた。

 このうち、最悪の事態を迎えたのが、フロリダ州だ。

 トランプ大統領熱烈支持者として知られる同州知事は、一時は、ニューヨークなど大都市州で実施されている「外出禁止措置」を見透かすかのように、自らマイアミビーチに水着姿で現れ、居合わせた観光客らに「ウイルスに怖じけついてはならない。今こそアメリカン・スピリッツを発揮しよう」などと虚勢を張って見せた。しかし、そのフロリダ州の最新の感染者数は6741人、死者101人にも達している。

 同様に、ルイジアナ州で感染者5237人、死者239人、ジョージア州感染者2809人、死者87人、テキサス州感染者2877人、死者38人などと、南部への感染は拡大する一方だ。

 これらの州のうち、「感染警戒は上から押し付けるのではなく、あくまで個人の自由意志に任せるべきだ」として最後まで、抵抗姿勢を見せていたテキサス、ジョージア両州も今月1日、ついに「外出禁止令」を州全体に発令した。

 大統領再選のための重要州とされる中西部でも、ウイスコンシン州感染者1112人、死者17人、ミシガン州感染者6500人、死者184人、ペンシルバニア州感染者4087人、死者48人、イリノイ州感染者4596人、死者65人、などのように早いスピードで増加傾向にある。

 政治動向追跡調査で定評のあるデジタル・メディア「FiveThirtyEight」がまとめたデータによると、去る3月23-26日の4日間にウイルス感染が最も増加した全米10州中9州が2016年大統領選でトランプを支持した「レッド・ステーツ」で占められており、これら諸州での感染拡大率は平均297%にも達しているという。

 これらの数字を見る限り、かりに大統領の「隔離」正式要請に3州知事が苦渋の決断で応じていたとしても、すでにその時点で、「感染拡大の遮断」のタイミングを逸し完全に手遅れだったことを意味している。

 トランプ政権が再選戦略との関係で、これら諸州への感染拡大をとくに懸念してきたのは、まず小都市・閑村州が抱える特殊医療事情だ。いずれも州予算規模も小さく、医師、看護婦、病床数不足が深刻な状況下にあり、感染者が今後さらに増えていった場合、真っ先に医療崩壊はまぬかれない。

 多くの「レッド・ステーツ」のもう一つの特徴として、ニューヨーク、カリフォルニアなどの「ブルー・ステーツ」と比べ、全体に占める高齢者の割合が大きいことも指摘されており、コロナウイルス感染が広がるにつれて高齢者死者数が急増することが懸念される。その典型がフロリダであり、同州の場合、全人口2100万人のうち4分の1が60歳以上で占められている。

 さらに小都市閑村州では、大規模ショッピングセンターなど身近に生活必需品を調達できる流通網を欠くエリアも少なくなく、すでにコロナウイルス感染の影響が及びつつある運送業界が機能不全に陥った場合、直接、市民の日常生活が窮迫しかねない。

 大統領はすでに、米議会とも調整の上で、中小企業支援、失業者救済、医療崩壊回避策などを目的とした2兆ドル超の空前規模の財政支援策を打ち出したほか、さらに2兆ドルを超える追加支出も検討中だ。

 しかし、こうした緊急支援の効果と恩恵が、地方とくに農業地帯や小規模市町村に届くまでには、都市部にくらべかなりの時間を要するとみられる。

 もし、コロナウイルス感染危機の収拾が長引き、地方における経済、医療困難状況が夏以降にまで続く事態になれば、これまで「トランプ支持の岩盤」ともいわれてきた南部および中西部諸州の有権者投票動向が11月大統領選挙前に大きくぶれることにもなりかねない。

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