武漢発の新型コロナウイルスの一件により、世界中で中国共産党独裁体制の隠蔽体質と異様さが浮き彫りになった。台湾では、社会全体に感染への危機意識が高く、SARSの経験も踏まえ、武漢封鎖以前の初期段階において、すでに蔡英文政権が司令塔を設置し、陳時中保健大臣に総指揮をとらせた。
5月20日に第2期総統に就任した蔡英文は、感染を成功裡に封じ込めたことにより、順調な政権2期目に入ったが、他方、今後の中台関係を考えれば、同時に大きな挑戦の時期を迎えつつあるとも言える、と5月21日付のTaipei Times紙の社説が述べている。
5月25日現在、台湾における感染者数は441人、死者7人であり、最近5日間の感染者数はゼロである。
なお、5月26日に発表された台湾の民間シンクタンク(台湾民意基金会)の世論調査結果によれば、新型コロナウイルスの感染拡大については「中国に最大の責任があるとの指摘」に「同意」との答えが76%に上った。また「自分を台湾人として誇らしく思うか」との問いに、77%が肯定すると答えた。
世論調査は変わりやすいとの前提で読むべきものであるが、「台湾で中国に対する反発が強まり、台湾人意識も上昇している」との同基金会の評価は台湾における今日の実態を反映しているものと思われる。新型コロナウイルスは期せずして、一党独裁下の中国と民主主義下の台湾の違いを世界に対してクローズアップしたといえよう。
蔡英文は、第2期就任演説のなかで、中国との関係(両岸関係)については、「一国二制度」は受け入れないとしつつ、対等な対話を通じた「平和で安定した関係」を続けたいとして、「現状維持(Status Quo)」に言及した。
他方、北京で開催中の全人代(全国人民代表大会)において、李克強首相は中台関係につき「平和統一」という旧来の言い方を変え、ただ単に「統一」という言葉を使ったことが注目されている。この用語が中台関係のさらなる悪化を意味しているのか否かについては、中国の軍事費増強の動きなどとともに警戒を要する点であろう。
総統就任式に合わせて、ポンペオ国務長官は「蔡英文・台湾総統」との呼び名で祝電を発出した。これは旧来の米国側の使う呼称とは異なり、一歩踏み込んでおり、通常、承認国同士で使われる用語と解することも出来る。これに対する中国の反応は「米国が台湾問題の敏感性を認識するよう促す。中国にとって譲れない一線に踏みこもうとするべきではない」(王毅外相)というものであった。
今後の中台関係において、台湾経済にとって重要な点は、貿易、投資面で如何に中国市場への依存度を減少させていくかであろう。蔡英文政権下での「新南向政策(中国市場から主として東南アジア市場へ移動させる)」や中国市場から台湾市場への復帰政策が続けられることは、蔡英文の就任演説にも明示されている。
台湾企業による小規模の対中投資については、すでに中国市場から引き揚げた企業も少なくないようだ。しかし、半導体や通信機器製造などの大規模先端企業は重要なサプライチェーンの役割を果たしており、中国市場での相互依存度は依然大きいとされている。
香港において、50年間にわたり、「一国二制度」の高度の自治を約束してきた中国は、今、全人代で「国家安全法」を採択することにより、市民の基本的人権を全面的に否定しようとしている。香港が完全に中国政府の管理下に置かれた場合、今日の台湾・中国関係にもきわめて大きな否定的影響を及ぼすこととなろう。
最近、蔡英文政権は香港からの政治難民受け入れも想定した「可能な人道的援助」に言及している。すでに蔡政権が、中国によって拘束されたことのある香港の書店(Tong Lo Wang)関係者を台湾に受け入れたことは記憶に新しい。
米国、英国、カナダなどはすでに香港市民の立場を支持すると表明しているが、日本としても英国・中国間の「基本法」を否定するような中国のやり方を批判し、国際社会と共通の立場をとることを鮮明にする必要があるものと思われる。
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