トランプ政権の「米国第一主義」にとって雇用を外国から取り戻すことほど重要なものはなかったと言ってよい。トランプ政権の誕生に貢献した米ラストベルトの白人未熟練労働者の不満も根は雇用問題である。トランプは、米国経済の利益が外国により損なわれた、貿易赤字は外国による米国経済の搾取であり、米国の雇用が外国により奪われた、との考えを強く持ってきた。
そうした文脈で、トランプ政権は、米中貿易戦争とパンデミックが雇用を米国に戻すことに強く期待してきた。しかし、実際には期待通りにはなっていないようである。外交問題評議会上級フェローのEdward Alden がForeign Policy誌のウェブサイトに5月26日付けで掲載された論説‘No, the Pandemic Will Not Brin g Jobs Back From China’で、「(トランプ政権の)政策には2つの問題がある。1つは貿易戦争とパンデミックが重なっても、米国企業は生産を米国に戻しそうにないことである。第2は、もし生産が米国に戻されたとしても、オートメーションにより米国人に雇用の恩恵がもたらされそうにないことである。」と指摘しているが、的を射ていると思われる。
中国との貿易戦争の本来の目的は米国の雇用を取り戻すことではなかったかもしれないが、サプライチェーンの再構築を余儀なくされたことで雇用が米国に戻ることを期待した。しかし、中国にとって代わったのはベトナムなど東南アジアの国であった。サプライチェーンは労働コストの問題である。労賃の安いところで部品を調達し、製品の組み立てを行う。その点から考えれば米国に戻ってこないのは当然と言える。
米中貿易戦争で雇用が戻って来ずに失望していたトランプ政権は、パンデミックを絶好の機会の到来と考えた。ライトハイザー通商代表は、「パンデミックは低賃金の国に生産を移した米国企業に対する天罰であり、米国に雇用を戻さざるを得ない」と述べ、ロス商務長官は「コロナは仕事が米国に戻るのを加速させるであろう」と言っている。しかし、パンデミックでも雇用は米国に戻らなかった。企業にとって労働コストの問題は経営の基本なのである。
その上、パンデミックで雇用のもう1つの重要な要素が浮き彫りにされた。それはオートメーションである。オートメーションはパンデミックに関係なく進行しており、従来の雇用にとり大きな挑戦である。しかし、パンデミックで企業の利益が激減する中で労働力は相対的に高くつくことになり、論説が言う通り、パンデミックがオートメーションへの傾向にさらに拍車をかけ、将来のデジタル経済への移行を加速させることになると思われる。
結局、トランプ政権は米中貿易戦争のみならずパンデミックでも雇用の米国復帰を期待できず、雇用の拡大、充実の成果を強調しようとしてきたトランプ政権にとって大きな痛手となるだろう。
それと並んでトランプ政権にとっての痛手はパンデミックによる雇用状況の急速な悪化である。米労働省の発表によると4月の失業率は14.7%と世界恐慌以降で最悪を記録した。5月には20%に達するとの見方もある。もっとも4月の失業者2300万人の78%は「一時解雇」で、景気が回復すれば急速に減るものと見られる。とはいえ、トランプ政権は景気のV字型回復を目指すとしているものの、パンデミックの終息の目途は立っておらず、V字型回復の保証はない。パンデミック以前の「超完全雇用」の状態からは遥かに離れた状況になってしまっている。雇用問題がトランプにとって秋の大統領選挙のマイナスの要因であることは疑いない。
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