2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年9月16日

PeterHermesFurian / khvost / iStock / Getty Images Plus

 中国はインドとの対立やアフリカ、中東、地中海などに対する戦略的野心を抱えながらインド洋への進出を強めている。その際の最大の弱みはマラッカ海峡である。海峡は中国の海上貿易の生命線であり、中国海軍の東南アジアそしてさらに西への進出の通路であるが、「マラッカのジレンマ」という言葉がある通り、中国としては、一つの狭い難所への依存を減らすことが重要である。こうした文脈において、一帯一路の野心的なプロジェクトとして出ているのが、マレー半島で最も狭いタイ南部のクラ地峡に運河を建設し、中国からインド洋への第二の海路を開く計画である。この運河ができれば、インド洋、アフリカ、中東などへの中国の軍事的進出を容易にし、中国にとって戦略的に重要な資産になる。

 タイではアンダマン海とシャム湾を結ぶ運河の計画は昔からしばしば議論されており、1677年に初めて運河建設が言及されて以降、1793年にはラーマ1世の弟が一時アンダマン海側のタイの防衛強化の観点から計画し、1882年にはスエズ運河の建設者レセップスが地域を訪問している。1973年には米国、フランス、日本、タイの4か国が合同で平和的核爆発を用いた運河建設を提案したが実現しなかった。

 最近のタイ国内の動きを見ると、タイの政治指導者の間で運河計画への支持が広まっているようである。プラユット首相は、建設の是非は次期政権にゆだねると述べていたが、国家安全保障会議などに内々に事業可能性に関する調査を指示したと報じられている。政治的関心の有無にかかわらず実際に建設計画を推し進めてきたのは「タイ運河協会」で、協会は主に退役軍人を中心に組織され、南部の住民に対して啓発活動をするとともに、政府にロビー活動をしているとのことである。

 タイで運河計画が現実味を帯びてきたのは、マラッカ海峡が扱える船舶量が限界に近づきつつあるからである。それに、タイ運河ができれば、航行距離が1000キロ以上短くなり、航行運賃がそれだけ安くなる。これはマラッカ海峡に頼らざるを得ない日本などにとっても朗報である。タイとしては、運河が建設されれば、通行料が入るほかに経済的効果が期待できると考えている。具体的には運河の両端に工業団地や物流の拠点を建設する計画がある。タイ経済の新しい起爆剤にしようとの思惑があるようである。

 中国にとっては航路が短くなる経済上のメリットの他に、上述の通り、戦略上のメリットが大きい。タイ運河が完成すれば、中国海軍がインド洋、アフリカ、中東などへ進出しやすくなり、インドとの対決で有利になると同時に、中国の軍事的存在感を高めることになる。

 タイが中国によるタイ運河建設に前向きなのは建設費を負担してもらえることが期待できるからである。運河の建設費は一応300億ドル前後と見積もられているようであるが、実際はもっとかかるだろう。それを中国が出してくれればタイは財政的に大いに助かる。しかし、中国が建設費を負担すれば、当然のことながら中国のタイに対する発言権は強まる。最近、タイの中国傾斜は高まっている。やはり、中国のすぐ近くに位置するタイとしては、中国傾斜はやむを得ない面があるのだろう。

 タイの運河が建設され、中国のインド洋などへの進出が強まってもインドはアンダマン・ニコバル諸島の基地を強化することで対抗できるのではないかとの指摘もある。しかし、運河が完成すれば、中国の「真珠の首飾り」によるインド包囲網は強化されるわけであり、中国によるタイ運河の建設はインドにとって戦略的に受け身に立たされるのは間違いない。

  
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