2024年11月22日(金)

Wedge REPORT

2020年10月5日

「人が余る時代」

 人手不足が深刻な飲食業界の大手「吉野家ホールディングス」の河村泰貴社長は、今年5月22日に『日経ビジネスオンライン』に掲載されたインタビューでこう語っている。

 「確かに今は未曾有の人手不足です。しかしあと数年で逆に人が余る時代になるとみています。コロナ・ショックでこの動きはむしろ加速するでしょうね」

 新型コロナがきっかけとなって、人手不足にコペルニクス的転回が起きかねない。河村氏の予言どおり、「人が余る時代」が到来すれば、いったい何が起きるのか。

 実は、日本も過去に「人が余る時代」を経験している。2008年秋に起きた「リーマンショック」後がそうだった。

 リーマンショックでは、ブラジルなど南米諸国から受け入れられていた日系人たちの失業が社会問題となった。東海地方を中心に、製造業の下請け現場で働いていた人たちが「派遣切り」されたのだ。

 日系人たちは日本での定住、永住が認められていた。また、実習生などとは異なり、職業選択の自由もあった。しかし、彼らは10年以上にわたって日本で暮らしていても、ほとんど日本語ができないような人も多かった。日系人たちが働く製造業の現場では、日本語能力が求められなかったからだ。

 語学教育は自治体やボランティア任せで、政府による支援はなかった。そのため、製造業で派遣切りに遭った日系人たちは、転職先を見つけることができなかった。「移民政策」なく、移民を受け入れた末の悲劇である。

 日系人の失業が増えると、政府は「帰国支援金」の制度を設けた。1人につき30万円(扶養家族は20万円)を渡し、母国への帰国を促した。失業者の増加によって、治安が悪化することを恐れたのだ。

 結局、ブラジル人を中心に2万人以上の日系人が支援金を得て、日本から去っていく。そして「帰国支援金」の制度は、海外メディアから「日本政府は日系人に手切れ金を渡し、日本から追い出した」と批判されることになる。

 新型コロナの収束はまだまだ見通せない。景気の悪化が続けば、リーマンショック時の日系人たちのように、日本で就職した元偽装留学生たちの失業が問題となるかもしれない。そのとき政府は「帰国支援金」のような制度を再び設け、移民となった外国人たちを日本から追い出すつもりなのだろうか。

 「人が余る時代」になれば、外国人と日本人が仕事を求めて競合する状況も生まれる。リーマンショックでは日系人が先に職を失ったが、職種によっては日本人より外国人を好んで雇う企業も現れるだろう。日本語能力を必要とされず、体力を重視する肉体労働では特にそうだ。外国人労働者たちは若く、低賃金の重労働を厭わない。

 また、外国人頼みが進んだ職種では、賃金上昇が確実に抑えられる。それは当然、一緒に働く日本人の賃金にも跳ね返る。

 そんなことが現実になったとき、日本人の不満や怒りが外国人に向かい、彼らの排斥を求める声が強まる危険はないのかどうか。数十年前の欧州諸国で、移民政策なく移民を受け入れた末に起きたことである。

 1990年代初めから受け入れの始まった日系人たちは、日本にとって「移民」の先行ケースだった。その総括を、政府は全くしていない。また、近年の人手不足に対する分析、そして外国人労働者の受け入れ拡大に伴う負の側面についても、検証はなされていない。

 どの職種に、どういった資格で、どこの国から、どれだけの数の外国人を受け入れるのか。そうした根本的な議論を、これまでの政権は避け続けているのだ。

 安倍政権でも、留学生や実習生という「裏ルート」を使い、底辺労働者の受け入れが増やされるばかりだった。そして今度は、留学生たちを就職によって日本に引き留め、移民化しようとしている。すべては目先の人手不足対策が優先されてのことである。

 人手不足に直面した業界が、低賃金の労働者を求める気持ちはわかる。しかし政治には、国民全体に及ぼす影響まで考慮し、政策を立案する立場にあるはずだ。その役割を、安倍政権が十分に果たしたとは思えない。

 では、安倍政権を引き継いだ菅義偉政権のもと、外国人労働者の受け入れはどうなっていくのか。

  
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