2022年8月10日(水)

WEDGE REPORT

2021年2月27日

»著者プロフィール
閉じる

伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

不満を口にすることもできない

 日々の衣食住の問題だけではない。レバノン人とシリア人との間に起きる尊厳の問題である。

 「2日前にタクシーに乗った時に、ここで降りたいと言ったら『黙れ、お前らシリア人は犬だ。口を聞くんじゃない』そう言われました。自分の価値を失いました」

 「13歳の息子はレストランで働いていますが、嫌がらせを受けたりしています。そのことがトラウマとなって息子は明るいところでしか眠れなくなりました」

 レバノン人とシリア人の間の緊張は高まっている。レバノン自体が経済危機下にある。ただでさえ生活が苦しいのに、シリア難民に仕事を奪われたという感覚があるのだ。また国連やNGOなどから支援のあるシリア難民へのやっかみもある。

 昨年末には仕事の支払いを巡ってレバノン人とシリア人が対立し、レバノン人がシリア人居住地に放火してテント100近くのテントが消失する出来事があった。

 「レバノン人とシリア人との対立は、一部の人たちのことです。シリア難民を受け入れてくれていることに感謝しています」

 そう話す人たちもいた。実際、無料でテント小屋に住まわせてもらっているシリア人家庭もいた。良好な関係を築いている人たちもいる。しかし時に問題はないと強く主張する言葉が、逆に緊張感の存在を示しているようにも感じられる。

 「レバノン人との関係を問題ないという人もいるかもしれません。でもそれは報復されるのが怖いから。だからそうやって言っているだけなんです」

最近、シリアから初めて逃れてきたというロマの人たち

 コロナ禍やレバノンの経済危機で状況は悪化している。すでに述べたように今回、私が取材したことは特に目新しいことではない。基本的には悪いということはかわらず、悪い状況が10年続いているか、あるいは悪化しているだけなのだ。

 レバノンでの難民としての暮らしがそれほど厳しいのであれば、シリアに帰ったほうがよっぽど「マシ」なのではないか。

 レバノン政府はシリア難民をシリア本国へ積極的に返すために、2018年に帰還のための登録所を設置した。しかし帰還を望む人は少ない。今回私が取材した9家族の中でも1家族もいなかった。

 では何が彼らのシリアへの帰還を阻むのか。なぜ彼らはシリアへ帰れないのか。

⇒後半へ

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る