山下氏への期待
この一連の問題は全柔連の枠組みだけではなく、思わぬ方向へ飛び火する危険性をはらむ。東京五輪・パラリンピックだ。前記したように山下氏はJOC会長のみならず、東京五輪・パラリンピック組織委員会の副会長も兼務している。
山下氏には2019年にJOC会長就任直後、公の場では本音の議論を話せないとの理由から理事会を異例の非公開とする断を下して波紋を広げた経緯があり、そのやり方には「透明性に欠けるのではないか」と疑問を投げかける声も少なくない。つい最近も森喜朗前会長の辞任に伴って組織委新会長を選ぶ候補者検討委員会も報道陣には一切公開されず「密室の談合」として批判が沸き起こった。
もっとさかのぼれば、2013年に当時の女子日本代表を指導していた監督、コーチらによる暴力的指導、パワハラ行為が発覚し、助成金の不正受給まで明るみに出たことで首脳陣総退陣へとつながった大問題に直面している。
JOCや組織委の中で山下氏に期待されているのは柔道出身のアスリート、そして五輪金メダリストとしての橋渡し役であり、加えて〝時に体制に逆らってでも正しいと思ったことは貫いて自己主張する〟というハートの強さだ。
1980年4月、日本がソビエトのアフガニスタン侵攻に抗議する形でボイコットを呼びかけた米国に追随し、モスクワ五輪への不参加を検討していたことに当時代表に選ばれていた山下氏はテレビカメラも回る中で「柔道を始めるときに大きな夢を持ちました。一生懸命がんばって、将来オリンピックに出るんだと」などとJOC理事たちへ涙ながらに訴え、他の代表選手やコーチらとともに直接行動を起こした。
結局、約1カ月後に日本はモスクワ五輪への不参加を決め、山下氏らのアクションは実らなかったが、この涙の訴えはアスリートたちの間で今も伝説として語り継がれている。かつて国民栄誉賞も受賞し「英雄」とうたわれた山下氏だが、現在の逆風を変えられるのか。
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