WEDGE REPORT

2021年3月12日

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小谷 賢 (こたに・けん)

日本大学危機管理学部教授

1973年生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師等を経て現職。主な著書に『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)、訳書に『特務 スペシャル・デューティー』(日本経済新聞出版社)など。

企業・大学の先端技術流出
自ら守る体制強化が第一歩

 また欧米以上に分析を重視しているのが中国である。中国と言えばスパイ行為によって欧米の先端技術情報を窃盗してきたようなイメージがある。確かにそのような面があることは否定しないが、むしろ中国の情報機関は、欧米の公開情報を丹念にかき集め、ひたすら分析していくことで多くの先端技術を入手しているのである。中国には数千人単位の公開情報のみを分析するプロがおり、この分野については欧米よりも先を行っているという。

 今や最先端技術の多くの分野は軍民両用(デュアル・ユース)となり、米中両国は、先端技術で後れを取れば、それは民間のみならず、安全保障上の不利益をも生じさせるという認識だ。

 最近の5G技術をめぐる米中の対立でも明らかになったように、今や米国が競争相手と認識するのは中国となり、その対立は少なくとも20年は続くと見られている。伝統的にロシアと対峙し続けてきた英国でさえ、最近では中国の方をより脅威として認識しており、英国保安部(MI5)のマッカラム長官は「英国にとってロシア情報機関の活動は悪天候程度だが、中国のそれは気候変動に相当する」と警告を発しているほどだ。

 そうなると日本に喫緊に求められることは、とにかく日本国内の企業、大学研究所からの先端技術情報の漏洩を防ぐということになる。昨年10月には積水化学工業の男性社員がスマートフォンの液晶技術に関する情報を中国側に漏洩し、大阪府警に書類送検されたことは記憶に新しい。また三菱重工業やNECといった防衛産業の一翼を担う民間企業に対する中国からのものと見られるサイバー攻撃が繰り返し行われている。

 ただ残念ながら、前国家安全保障局次長の兼原信克氏が「そもそも日本政府内に、日本が保有する軍事転用可能な『機微技術』の全体像を把握している者がいない。逆に、米国や中国の方が日本の機微技術の全体像に詳しい」と訴えるように、日本政府は民間企業がどの程度の先端技術、機微情報を有しているのかすら把握していない。まず日本の情報機関が行うべきは、国内のどこに先端技術情報があり、諸外国のスパイがどのような情報を欲しているのか、という調査であろう。

 問題は、実際にどの組織がこれをやるのか、ということになるが、警察は既に監視業務で手一杯であり、経済産業省は技術・産業情報には詳しいが、それを安全保障やインテリジェンスの観点から見ることがない。防衛省・自衛隊は安全保障には関心があるが、産業分野には疎い。つまりいずれの省庁も所掌事務に縛られているため、「経済安全保障」という新たな分野を前に手こずっているのが現状であろう。

 そうなると今後はどの組織が主導して、経済安全保障という分野の情報を収集していくか、ということが課題となる。筆者はマンパワーの余力、分析業務への特化、という観点から、法務省の公安調査庁をその任に充てるべきだと考えている。同庁内に経済安全保障室を設置し、そこで上記の情報を収集、分析すべきではないだろうか。既に同庁は来年度の予算要求で、経済安全保障関連の情報収集・分析スタッフを大幅に増やす計画のようだ。

 現在、日本の内外からインテリジェンスの機能強化が期待されている。その具体的方策については既述したように、通信傍受を中心とした情報収集、情報分析の強化、そして民間企業や大学からの先端技術情報の漏洩を防ぐことにある。これらの課題を克服していくことが、日本のファイブ・アイズ入りの第一歩となろう。

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■「想定外」の災害にも〝揺るがぬ〟国をつくるには
Contents     20XX年大災害 我々の備えは十分か?
Photo Report     岩手、宮城、福島 復興ロードから見た10年後の姿

Part 1    「真に必要な」インフラ整備と運用で次なる大災害に備えよ  
Part 2     大幅に遅れた高台移転事業 市町村には荷が重すぎた             
Part 3     行政依存やめ「あなた」が備える それが日本の防災の原点      
Part 4   過剰な予算を投じた復興 財政危機は「想定外」と言えるのか   
Part 5     その「起業支援」はうまくいかない 創業者を本気で育てよ          
Part 6   〝常態化〟した自衛隊の災害派遣 これで「有事」に対応できるか

  
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◆Wedge2021年3月号より

 

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