2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2021年3月16日

 米国の情報機関を統括する国家情報長官室は2月、2018年に起きたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件について、サウジのムハンマド皇太子がカショギの「拘束もしくは殺害する作戦を承認した」とする報告書を公表した。

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 報告書は、国務省の人権についての年次報告にも含まれることとなった。年次報告は、世界中の抗議者やジャーナリストを国家の主導のもとに拘束したり危害を加えたりしたものにビザを発給しない「カショギ禁止」と称する制裁を新たに設け、まず76名のサウジ人を対象としている。

 バイデン自身はサウジに厳しく、昨年の大統領選の候補者であった時は、サウジは「のけ者」国家であり、サウジの現政権には「欠点を補う社会的な価値」はない、と批判し、政権を取ったら情報機関の報告を公表し、サウジに対する武器輸出を打ち切る、と公約していた。

 しかし、報告の公表は上記の通りで、武器輸出については、サウジのイエメン内戦介入に関連した数十億ドル相当の武器輸出のみ禁止した。2月中旬、オースティン国防長官がサウジの防衛大臣でもある皇太子と話し、サウジがイエメンのフーシ派のドローンとロケットにより攻撃されたことを受け、サウジの防衛に対する米国の約束を再確認している。

 最も注目されたのは、カショギ殺害に関連する皇太子の扱いである。バイデン政権の中には皇太子がカショギ殺害の責任者であることは明らかなので、皇太子に対しても制裁を科する、具体的には皇太子にビザを発給しないことを主張する声があった。しかし、最終的にはバイデンの判断で皇太子には制裁を科さないこととした。これは、1)サウジがイラン封じ込めで重要な役割を担っている、2)テログループとの対峙でもサウジの協力が欠かせない、3)サウジを追い詰めると中国との接近をもたらす、との理由からバイデン政権としてサウジとの関係の悪化ないし断絶のリスクはとれない、と判断したものと考えられる。

 上記3)の中国との接近については、サウジには米国に見捨てられるかもしれないとの懸念があることが指摘できる。サウジは「アラブの春」で米国がエジプトのムバラク大統領を見捨てたことを見てこのような懸念を持ったと指摘されている。サウジには、かつてと異なり、安全保障でどれだけ米国に頼れるかという疑問がある。中国への接近にはこのような背景がある。事実、皇太子は2019年2月パキスタン、インドと共に中国を訪問し、サウジを2030年までに近代化する国家目標「ビジョン2030」と中国の「一帯一路」をリンクさせることで合意、その際サウジ企業と中国企業が35件の契約を結んでいる。

 バイデンはサウジとの関係を「再調整する」と言っている。具体的には1)今後サウジの国家元首のサルマン国王を相手にする、2)サウジのイエメン介入には人道的見地から反対であり介入のための武器輸出は取りやめる、と言っている。1)については、バイデンは既に2月25日サルマン国王と電話会談し、サウジの人権問題などを話したと報じられている。しかしサルマン国王は85歳の高齢で、サルマン国王を相手にすることがどのような意味を持つかは不明である。

 サウジとの関係の「再調整」と言っても、結局は大した変化があるとは思われない。米・サウジ関係の戦略的重要性は、米国がサウジの石油に依存していた時代と比べると大幅に低下しており、「再調整」はその中での小さな変化に過ぎないと思われる。   

  
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