中東を読み解く

2021年4月5日

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 小国ながら比較的安定した政情を誇ってきた中東のヨルダンで3日、アブドラ国王(59)の異母弟ハムザ前皇太子(41)が軟禁状態に置かれ、元高官ら約20人が逮捕された。真相は不透明のままだが、「宮廷クーデター未遂」事件とも伝えられている。イスラムの預言者ムハンマドの血筋を引く王家に何があったのか。骨肉の争いの背景を探った。

ヨルダンの首都アンマン(Nabil Darwish/gettyimages)

最後のビデオメッセージをBBCに

 ヨルダンのペトラ通信や同国軍の発表などによると、軍高官が同日、ハムザ前皇太子の宮殿で、「国家の安全と安定を脅かす行動」を停止するよう前皇太子に警告。外出を禁じ、インターネット上での発信もしないよう要求した。軍は声明で逮捕はしていないとしながらも、軟禁を確認した。

 この軍の声明は国王や軍が、反国王の動きに前皇太子が関与していたと判断していることを示している。米ワシントン・ポストが同国の情報当局者の話として報じるところによると、計画は「入念に組織化」されたもので、逮捕された一部は「外国とのつながっていたようだ」という。

 この軍の警告から数時間後、英BBC放送が前皇太子の“最後のビデオメッセージ”を公表した。前皇太子が自らに危険が迫っていることを察知して録画し、弁護士を通じてBBCにリークしたものだ。前皇太子はこの中で、アブドラ国王追い落としの陰謀に加担したことを否定し、自分に対する容疑が政府の腐敗追及を沈黙させようとする試みだと反発した。

 ハムザ前皇太子はさらに、自身には「この15年から20年の統治の失敗や政府の腐敗、無能力の責任はない」と強調、名指しはしなかったものの、アブドラ国王の支配体制を強く批判した。両者の確執はこの十数年ささやかれてきたが、それが今回、一気に噴出した形になった。

 前皇太子は故フセイン国王の4番目の妻ヌール妃との間に生まれた。一方のアブドラ国王は2番目の妻ムナ妃との息子で、2人は異母兄弟の間柄だ。フセイン国王が死去したのは1999年で、ハムザ王子はアブドラ新国王の下、皇太子として4年間、その地位にあった。しかし、2004年、国王はハムザ皇太子の職を解き、自らの息子フセイン王子(26)を新皇太子に就けた。

 国王とハムザ王子の確執はこの頃から始まったようだ。王子は国民的な人気のあった故フセイン国王と容姿が似ていることもあって同国の有力派閥であるベドウィン部族と親しい関係にある。2年ほど前、王子が部族指導者らとの会合の席上、国王のような発言をしたことがネット上に拡散、物議をかもしたこともあった。

 また、ヨルダンでは新型コロナウイルスの感染者が60万人を超え、死者も7000人を数えている。3月には国営の病院で呼吸器不足で7人が死亡したことに市民が抗議、保健相の辞任に発展した。米紙によると、人々の抗議の声の中に「ハムザ、フセインの息子よ、どこにいるのか」などと前皇太子の待望論が出ていたという。

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