もともと、農水省内で食品のリスクがしっかりと理解されている、とは言えません。食品は、カビ毒のほか、病原性微生物や農作物自体が持つ毒性物質など、多くのリスクを内包しています。農薬を使わず栽培した場合に農産物中のアレルゲンが増加する、という報告もあります。一方、農薬は内閣府食品安全委員会のリスク評価を経て、農水省や厚生労働省が使い方や残留基準等を決めて使われており、リスク管理がなされています。残留基準は非常に厳しく設定されており、残留農薬の健康影響は事実上、無視できる、とされています。
しかし、一般市民と同様に「農薬を使わなければ安全性が高まる」と無邪気に信じている官僚が少なくない、と私も日頃から感じています。
さらに畝山部長は「除草剤を使わない場合、雑草の有害性も無視できなくなるかも」と指摘します。毒性物質を作る雑草が海外から侵入しており、とくにナス科の有害雑草が繁茂しています。これらが牧草や飼料作物に混じると、家畜の中毒や畜産物汚染を招く場合があり、海外では数多く事例が報告されています。
バイオテクノロジーを受け入れない有機農業
有機農業は、バイオテクノロジーを認めないという別の問題もあります。遺伝子組換え品種は拒否。ゲノム編集技術についてはまだどう対応するか決まっていませんが、有機農業団体は反対姿勢を示しています。一方で、化学技術を駆使した交配育種、放射線照射や化学物質処理による突然変異育種のタネは使用を認めています。また、遺伝子組換え作物を食べた家畜の糞尿から作られた堆肥、油かす等は「組換えDNA技術が用いられていない資材の入手が困難な場合」について使用を認めています。科学的には矛盾だらけ。自然に重きを置く思想信条に基づく農法であると私は思いますが、消費者が高値でも買う以上、こうした農法も選択肢としてあってもよい、と思います。
実際に、遺伝子組換え技術等を駆使した大規模農業を推進するアメリカ農務省は、小規模農家に対しては有機農業を推奨しています。特徴を活かせ、農産物が高値で売れるからです。
ただし、日本はアメリカ、ブラジル等から約2000万トンの遺伝子組換えトウモロコシや大豆、ナタネ等の作物を輸入し、食用油や異性化液糖、飼料などを得ているのです。そんな実情にはまったく触れず、その構造を変える目処がないまま、イノベーションという言葉を振りかざして「有機農業面積を25%以上に」と言いつのる姿勢に矛盾はないのでしょうか。世界でもっとも遺伝子組換え品種に依存している日本のこの目標値に、私は厚顔無恥という言葉しか思い浮かびません。
農家の負担の重さを考えているのか
畝山部長は宮城県の出身で、両親は数年前まで自家用に米を作り、野菜も直売所などに出していたそうです。「私の専門の食品のリスクの話ではないのですが……」と言いながら、話は続きます。「環境負荷や人への影響を、もっとしっかりと検討する必要があるのではないでしょうか」
たとえば除草剤。昔、日本の田んぼでは膨大な除草時間が費やされていました。現在は、一度田んぼに入れれば長く効く「一発処理除草剤」が開発され、除草時間は著しく減りました。「除草剤を使わない、となった時、どうやって除草するのか? 作業をする農家の腰の痛さ、熱中症など、人の健康被害も出てくるんですよ」と畝山部長は話します。合鴨農法を、というのは都会人の発想。高齢化が進む農家は、管理にそんな手間をかけられません。除草ロボットの活躍? 米の価格低下は激しく、そのようなコストをかけられる見込みはまったくありません。
環境負荷低減についても、多角的にみる必要があります。たしかに、化学農薬を用いず分解性の高い生物農薬等を用いていれば、生物多様性保全には貢献できます。しかし、その代わりに機械除草をする時のエネルギー使用量と温室効果ガス発生量は?
そもそも、水田は温室効果ガス発生源。大量のメタンや亜酸化窒素を発生させています。欧米の科学者の中には温室効果ガス削減のため、「水田作を止めればよい」と発言した人もいたほどなのです。