2024年4月25日(木)

食の安全 常識・非常識

2021年4月8日

 荒唐無稽の計画だとしか言いようがありません。農水省がどんな具体的プランを示して実現を目指そうとしているか、と資料を見ると、示されているのは下記の図です。「2040年までに次世代有機農業技術の確立」などと勇ましい言葉が並んでいます。私は長い間、農業技術の取材に携わっていますが、そんな研究の萌芽ですらまったく感じられません。

出典:「みどりの食料システム戦略」中間とりまとめ参考資料 写真を拡大

カビ毒増加で、食の安全が損なわれる恐れ

 とはいえ、化学農薬の使用を削減し有機農業面積を拡大すれば、安全性は高まる。目標値は途方もないとはいえ、方向性はよいのでは……。そんなふうに受け止める人がほとんどでしょう。

 ところが、そう単純な話ではありません。「有機農業、有機農産物だから安全」というのは完全な誤り。科学的な根拠がありません。

 まず、有機農業では化学農薬は使えませんが、生物農薬等は使えます。化学農薬に比べてそれらのリスクが低いとは言えません。たとえば、スピノサドやミルベメクチンは微生物が作る生物農薬で、有機農業でも使えることになっています。これらのリスクは、一日摂取許容量(ADI)という指標から見ると、一般的な化学農薬とあまり変わりがなく、これらよりもリスクの小さな化学農薬が数多くあります。また、有機農業では、銅や硫黄といった鉱物も自然だとして農薬利用を認められています。しかし、これらは元素なので分解せず蓄積します。DDTなどの有機塩素系農薬は難分解性で環境を破壊するとして禁止されたのに、まったく分解されないものが有機農業では多用されているのです。とくに硫酸銅は、毒性が高いのにワイン向けのブドウ栽培において大量使用され、問題化しています。一方で、化学農薬はより蓄積性の低いものへと開発が進んでいるのです。

 さらに、国立医薬品食品衛生研究所の畝山智香子・安全情報部長は別のリスクを懸念します。「農薬を使わず栽培する場合には、カビ毒の増加に注意しなければならない。とくに、日本のような高温多湿の気候では、心配だ」と言うのです。

内外の食品のリスク情報に詳しい畝山智香子・国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長。日本での食品リスク研究の第一人者。安全情報部は、厚生労働省や内閣府食品安全委員会等にリスク情報を提供している 写真を拡大

 カビは、土壌にいて空気中にも胞子を飛ばしており、作物の栽培時に付いて増殖します。カビの中には人にリスクとなる毒性物質を作るものがあり、農産物のカビ毒汚染は食品の大きなリスクです。トウモロコシやナッツに付きやすい発がん物質アフラトキシン、小麦のデオキシニバレノール・ニバレノール、リンゴ果汁に含まれるパツリンなどがよく知られています。

 日本でも、小麦の赤カビ病により、赤カビが作る毒性物質(デオキシニバレノール、ニバレノール)が国産小麦から高濃度で検出されていた時期がありました。汚染の程度は、輸入小麦よりも高く、高温多湿でカビが増殖しやすく収穫期に雨が降りやすい日本の気候風土に起因すると考えられました。2000年代初め頃のことです。

 そのため、品種改良や栽培方法の改良、化学農薬の適期使用、収穫後の速やかな乾燥などさまざまな対策を組み合わせたマニュアルが農水省により作られ、カビ毒の低減が図られました。中でも、農薬使用は非常に効果的でした。

 欧米では、カビ毒の食品汚染に対する懸念が強く、研究も数多く行われています。有機農産物のカビ毒が化学農薬を使用する慣行農産物に比べて多い、検出率が高い、とする研究結果がある一方、違いがない、という報告もあり、確定的な結論は出ていません。

「食の安全」への影響が検討された気配がない

 日本の場合、湿度が高いためカビが増殖しやすく、欧米に比べてカビ毒のリスクは高いとみられています。以前は、発がん性の強いカビ毒アフラトキシンを産出するカビは日本にはいない、と考えられていましたが、国産米でアフラトキシン汚染が見つかっており、温暖化によるカビ毒汚染の増大も懸念されています。しかし、有機農業自体が少ないために、欧米で行われているような比較研究は、まったく実施されていません。

 畝山部長は「カビ毒は、小麦だけでなく、国産のほかの穀物やリンゴ果汁などからも検出されています。みどりの食料システム戦略では、家畜の飼料の自給も推進されるようですが、飼料を国内で栽培するようになれば、そのカビ毒で牛乳などが汚染されるリスクも生じます。化学農薬はカビ毒を抑える重要な方策の一つです」と話します。

 ところが、 みどりの食料システム戦略の(1)化学農薬の50%削減と(3)有機農業面積の拡大……という農薬がからむ二つの目標設定において、「食の安全」の確保からの検討がなされた気配がありません。この計画案は、農水省に設置された「みどりの食料システム戦略本部」(構成員は政治家と官僚)が20回に渡って各界の関係者と意見交換会を開き、それに基づいて作られた、という形式をとっています。しかし、ヒアリング対象の中に食品安全の専門家がいません。

 省内でどのような議論を経て目標値が設定されたのかはまったく不明。畝山部長は「カビ毒のリスクを検討せずに、農薬を減らせば安全性が高まる、と考えるのは大きな勘違いです」と指摘します。


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