新型コロナウイルス感染拡大の抑止で、アジア最優等だった台湾が5月末現在、ワクチン接種率ではベトナムに次ぎビリから2番目の劣等生に転落した。相対的に人口が少ないため大国に買い負けたしたこと、ファイザー・ビオンテック製は、大中華圏の総代理店が中国企業で、台湾側が政治的な配慮から購入を手控えたことも原因のようだ。
台湾では5月11日ごろから新型コロナの感染が急拡大。国内感染の患者数は10日の99人から、30日には6794人に激増。死者も10日の12人から30日は109人に増えた。30日現在の死者数が計1万2980人の日本に比べかなり少ないが、短期間で急増したため、患者が集中する台北や新北など首都圏は市民がパニックに陥っている。また、病床不足で医療体制も逼迫している。
台湾市民が頼みの綱とするワクチンは、対人口の接種率がわずか1.31%。アジア首位のシンガポールの58.24%はもちろん、経済協力開発機構(OECD)加盟国最下位の日本の7.49%をさらに大幅に下回る。ワクチンそのものも、5月末現在、約2300万人の国民の必要数を確保できていない。
台湾誌・新新聞によると、林奏延・前衛生福利部長(厚労相に相当)は「国際的なワクチン調達はビジネスであり、購入量が多いほど早く買える。金を積むだけでは足りず、知恵を絞る必要がある」と述べた。
林氏によると、人口約570万人のシンガポールは20年、米ファイザーと独ビオンテックが、新型コロナのメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発を進めると宣言した際、情報収集の上、ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)を通じて素早く出資した。両社が開発に成功した後、シンガポールは株主として優先的にワクチンを確保できたという。
台湾が金はあるのにワクチンを買えなかったのは、開発情報の入手に遅れたことと、素早く対応できる態勢が政府になかったためだ。
緊張が続く中国との関係も、ワクチン確保に影響している。ネットメディアの上報によると、ファイザー・ビオンテック製ワクチンの台湾を含む大中華圏の総代理店は、中国製薬大手の上海復星医薬だ。同社は密かに、民進党の蔡英文政権に批判的な、柯文哲・台北市長や野党国民党系の地方首長を回り、ワクチンを独自購入するよう働きかけた。
蔡政権は昨年11月、ファイザー、ビオンテックの両社と、ワクチンの購入で合意にこぎつけ手付金まで払ったが、復星医薬の抗議で中断している。復星医薬は独ビオンテックの株主でもある。蔡政権は、ビオンテック本社との直接交渉を試みたが失敗した。
ただ、復星医薬の働きかけに対し、柯市長も国民党の侯友宜・新北市長も、結局、拒否したようだ。柯市長は当初、中国製ワクチンの独自輸入すら口にしていた。しかし、実際にワクチン確保で中国と組めば、世論の批判など政治的なリスクが大きいと判断したらしい。
上報によると、陳時中・衛生福利部長は5月末、モデルナ製など海外での調達、日本政府の供給、米モデルナの支援による台湾製のワクチンにより6月までに全量が確保できるとの見通しを蔡総統に伝えた。ワクチンをめぐり市民の不満は爆発寸前で、確保は時間との戦いとなっている。
このような中、日本の無償支援による英アストラゼネカ製のワクチン124万本が6月4日、台湾に到着した。量が少ないことへの不満の声が出ているほか、台湾でアストラゼネカ製は不人気だが、世論は概ね好意的。有力ネットメディアの風伝媒体は「厳しい感染状況の中、時宜にかなった援助であり、多くの台湾人を感動させた」と書き、早くもお返しのアイデアが出ていることを伝えた。
台湾大の施景中医師は8日、フェイスブックで、台湾のデジタル担当相のオードリー・タン氏を「親善大使に任命せよ」と提案。日本はワクチンを十分に確保したが、予約システムに問題があることを指摘し、タン氏の能力と日本での高い人気を考えれば、「恩返しの最良のチャンスだ」と書いた。
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