2024年7月16日(火)

WEDGE REPORT

2021年7月1日

「全過程民主」を提起しつつ
治安強化政策を推進

 ただし、一党支配体制が「二つの奇跡」を実現したかどうかは疑わしい。少なくとも言えることは「これまでのところ」である。

 習指導部は、ギャップ仮説で示される「社会的挫折感」が中国社会において高まっていることを理解している。近年、指導部は「人々の満足感、幸福感、安全感を満たさなければならない」と繰り返し確認してきた。これまでの指導部は、中国社会の主要な矛盾を「人々の日々増大する物質的、文化的な需要と遅れた社会生産の間の矛盾」と定義してきたが、習はこれを「人々の日々増大する素晴らしい生活への需要と、発展の不均衡、不十分との矛盾」と言い換えた。人々の欲求は量から質へと変化したと捉えている。

 中国経済が高度成長の段階を終えたこと、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの影響によって、中国において「社会的挫折感」が増大し、最終的には「政治的不安定性」の増大を生む条件は整っている。指導部は、この問題に向き合っている。

 近年、習指導部は「全過程民主」という概念を提起し、例えば重要な課題に関わる立法の過程においてパブリックコメントの重要性を訴えている。増大する政治参加の要求に応えようとする「政治的制度化」の取り組みと言っても良い。もちろん政治参加の機会は増大しても決定権は共産党が独占したままという構図に変わりなく、また社会が発する多様な要求を有効に集約できるかどうかは分からない。「政治的不安定性」が克服されるかどうかは未知数である。

 習指導部は、一方で科学技術イノベーションを重視する。デジタルインフラ建設の推進を通じて人々の「質の高い社会」を実現したいという要求に応えるためであり、また経済発展によって多様化した社会の要求を的確に把握する能力の向上のためでもある。他方で「総体国家安全観」の提唱をつうじて、国内治安の強化という政策を推進している。

「一国二制度」の「一国」に力点を置いた「愛国者による香港統治」という対香港政策も、「戦狼外交」と揶揄されるように中国外交が「民意に拉致される」のも、中国社会が直面している「社会的挫折感」増大への警戒の反応という側面もある。また、「構造的パワー」の拡大を追求する中国外交もまた、こうした国内要因に突き動かされているといってもよい。

 日本は中国といかに向き合うのか。国内政治の文脈で捉えると、今後、中国共産党が言うところの結党100年のタイミングもあることから、中国外交は、より一層に自己主張を強め、強硬な政策を選択する条件は整っているようにみえる。ただし、その動機は経済成長による国力の増大に支えられた「自信」というよりも、国内の不安定要因に突き動かされた「警戒」にあるようにみえる。

 そうした理解を踏まえれば、海洋秩序をめぐって力で自己主張する中国に対して日本は力で毅然と対抗するべきである。またWTOといった国際経済秩序を形作るルール形成の分野において、中国がルールを逸脱して自己主張するのであれば、日本は、その都度、的確にルールに則って中国の行動を押し返す必要がある。中国の国内情勢の動向を見抜いて、隣国・日本だからこそ可能な多様な中国外交を展開する空間は大いにある。それは日中の安定化のみならず、国際秩序の安定化に向けた大国日本の責務とも言えるだろう。

Wedge7月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
■資源ウォーズの真実  砂、土、水を飲み込む世界
              
part I-1    〝サンドウォーズ〟勃発! 「砂」の枯渇が招く世界の危機 
   2            ハイテク機器からシェールまで 現代文明支える「砂」の正体          
     3        砂浜、コンクリート…… 日本の知られざる「砂」事情とは?   
              
part II-1    レアアースショックから10年 調達多様化進める日米
   2            中国のレアアース戦略と「デジタル・リヴァイアサン」         
     3        〝スーパーサイクル〟再来 危機に必要な真実を見極める眼力
              
part III-1   「枯渇」叫ばれる水 資源の特性踏まえた戦略を   
   2           重み増す「水リスク」 日本も国際ルール作りに関与を    
     3         メコン河での〝水争奪〟 日本流開発でガバナンス強化を

  
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◆Wedge2021年7月号より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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