2024年12月7日(土)

WEDGE REPORT

2021年7月1日

なぜ中国共産党が
「二つの奇跡」を強調するか

 しかし、より重要な「強制」性の動機は国内にある。習指導部は経済発展の実績を踏まえて、共産党による一党体制の正統性を「二つの奇跡」という概念を使って国内に説明してきた。「経済の高度成長の実現」と「社会の長期的安定の実現」を同時に実現したという「奇跡」は、一党支配によってもたらされ、それは一党支配が現在の中国にとって最も適切な政治制度であることを証明している、というのである。

「改革開放」が「奇跡」をもたらしたという言説は、習指導部が初めて提起したわけではない。胡錦濤指導部の時代にも同様の議論が提起されていた。2011年7月26日付『人民日報(海外版)』に掲載されたある論説は「ハンチントン・パラドックスを中国は克服した」と述べていた。

 ハンチントンとは、著名な国際政治学者であるサミュエル・ハンチントンのことである。彼は、近代化(経済発展)とそれに伴う社会変動を論じた『変革期社会の政治秩序』のなかで、(ある国家において)「政治的不安定性を作り出すのは近代性の欠如ではなく、近代性を果たすための努力が欠如しているからであり」、(国家が不安定であるのは)「貧しいからではなく、豊かになろうとしているからである」という考え方を提起していた。

 同書は、「近代性が安定を生み出し、近代化が不安定を生む」というパラドックスを検証し、その因果関係の説明を試みた。これが「ハンチントン・パラドックス」である。発展途上国はこのパラドックスに陥りやすい。ハンチントンは、経済発展と政治的不安定の関係を下表に示すように三つの段階で説明していた。これが「ギャップ仮説」と言われる。

(出所)『変革期社会の政治秩序』(サミュエル・ハンチントン著、Yale University Press、1968)『政治参加』(蒲島郁夫著、東京大学出版会、1988年)、『政治参加論』(蒲島郁夫、境家史郎著、東京大学出版会、2020年)などを参考に筆者・ウェッジ作成 写真を拡大

 第一の段階は、経済発展が都市化や教育水準の上昇、マスメディアの発展を生み、これによって(人々の)新しい要求が生まれる(これが社会的流動化)が、経済発展は社会的流動化よりも遅い速度でしか増加しないため、要求の増大と要求の充足との間にギャップが進展し、これが社会的挫折を生み出す、というものである。

 第二の段階は、社会的挫折感と政治参加の関係である。農村から都市への移動や都市内部での職業的および所得上の移動といった移動の機会に人々は恵まれると、社会的挫折感は解消される。しかし、移動の機会を得られない場合、人々は政治参加によって要求実現を目指そうとする。

 そして第三の段階は、政治参加の要求が高まっても、それに応じて政治的制度化が進んでいれば、政治の安定性は維持される。しかし、そうではない場合、政治参加の高まりに政府は適応できず、政治不安を生み出す。これが、発展途上国において経済発展に伴って政治的不安定化が深刻化することを説明する有力な考え方である。

 歴代の指導部は、このハンチントンの考え方を熟知している。習指導部のなかで中央政治局常務委員会委員である王滬寧(おうこねい)は、1980年代にハンチントンのこの考え方を踏まえた論文を書いていた。だからこそ指導部は、「二つの奇跡」を実現したであるとか、「ハンチントン・パラドックス」を克服したという言説をつうじて、共産党による一党支配の優位性の物語を国内に向けて訴えるのである。


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