「中国は一人当たりのGDPが1万ドルを超えただろう」。習近平国家主席は、新年の祝辞で、こう展望した。
高度成長を経験して一人当たりGDPが1万ドルを超えた中所得国が、その後に辿(たど)る成長の軌跡は二つあるといわれる。一つは安定成長を維持する場合で、もう一つは成長率が低下し、長期に低迷する「中所得国の罠(わな)」に陥る場合である。
中国の政治指導部にとって、この「中所得国の罠」に陥るのを回避することが最重要課題だ。なぜなら、経済成長 という実績が彼らの支配の正当性を支えているからである。中国の公式メディアは連日、失業対策、貧困対策、少子高齢化対策、地方経済活性化策、民営企業改革の成果を報じている。これらは「罠」を回避するための取り組みと理解してよい。
対米関係の改善も、「罠」を回避するための取り組みの一環といってよい。既存の国際秩序において「大国」としての役割を担ってきた米国と、いかに安定した関係を構築するか。中国にとって、この問いは、経済成長を支える国際環境をいかに維持するのか、という問いと同意だ。
その政治指導部が、今、対日外交を重要な課題と位置付けている。今春の習主席の国賓としての訪日成功に向けて、中国の対日外交政策にかかわるサークルは、全力を傾けて取り組んでいる。その決意は日本の中国研究者にも伝わっている。
日中関係は、首脳間の往来がほとんど行われず、ハイレベルの意思疎通が難しい状況が長く続いた。12年9月、中国は日本が尖閣三島の所有権を取得したことを厳しく批判し、中国各地では反日デモが発生した。その後の両国の関係は、14年11月に関係改善に向けた「静かな話し合い」を行い、同月の北京APEC開催に合わせた安倍晋三首相の中国訪問と習主席との会談を契機に、漸進的に改善の道を歩んでいる。
ただし中国側の言説によれば、日中関係悪化の要因は日本側にあって、日本側が関係改善に意欲を示してきたから、中国側はこれに応えている、という。しかし現実には、中国は対日関係の改善という方針を、14年11月以来、堅持してきたといってよい。
なぜ今、中国は、さらなる対日関係の改善を望むのか。その理由の一つにあるのは、関係改善が中国経済の安定成長に貢献するからである。