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2021年6月22日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

バイデン氏、首脳会談で釈放要求

 6月16日、プーチン大統領との会談を終えた後の記者会見でバイデン大統領は、2人の米国人の名前を挙げて、「われわれはこの問題について話し合った。合意に達するまで協議する。私は決して放棄しない」と説明、釈放を求めたことを明らかにしたが、合意に至らなかった経緯については言及を避けた。

 これら受刑者の釈放問題は両国間で昨年から交渉が続いており、近く妥結するという観測もなされている。

冷戦時最大のスパイ交換物語

 映画「ブリッジ・オブ・スパイ」では、諜報活動とは縁の薄い弁護士が精力的に活動し、スパイ交換を実現する。現実においても、そうした存在があれば交渉は進展するかもしれない。

 2016年に日本でも公開された「ブリッジ・オブ・スパイ」は、冷戦時代最大の諜報員交換といわれたアベル大佐とパワーズ飛行士の釈放がテーマ。

 ニューヨーク・ブルックリンで画家を装いながら活動するソ連のスパイ、ルドルフ・アベル大佐が1957年にFBI(連邦捜査局)によって逮捕される。

 その弁護を依頼されたのが保険専門のジェームス・ドノバン弁護士。多くの同業者が、その仕事を忌避したために、お鉢が回ってきた。

 ドノバンはスパイを弁護することへの反感、中傷にめげず精力的な法廷闘争を展開、死刑の予想を覆し、禁固30年の有期刑判決を勝ち取る。

 その直後の1960年5月、アメリカの偵察機、U-2型機がソ連上空で情報収集活動中に撃墜され、操縦していたパワーズ飛行士がソ連側に捕らえられた。飛行士は禁固10年の刑を受ける。

 アベル大佐とパワーズ飛行士の相互釈放というソ連側からの提案を受けて、交渉を担ったのがドノバン弁護士だった。中央情報局(CIA)のダレス長官から直々に要請された。

 交渉は難航したが、アベル大佐の死刑回避に成功したドノバン弁護士の努力を、ソ連側が多としていたこともあって、曲折の末、妥結。62年2月の夜、当時の東西ベルリンの境界、グリーニッケ橋で、アベル、パワーズの2人がそれぞれの端から対岸方向に歩み始めるという劇的な交換にこぎつけた。

 U-2型機事件が起きた1960年当時は、ベルリンの壁が築かれるなど冷戦の最も激しかった時期。相互釈放が実現した62年秋にはキューバ危機が起きている。そうした時にあって、米ソ双方とも全面対決の破局を防ぎたいという思惑があり、それが相互釈放につながった。

 話は脇にそれるが、「ブリッジ・オブ・スパイ」では、トム・ハンクス演じるドノバン弁護士もさることながら、アベル大佐役のマーク・ライランスの演技が光った。ライランスはこの役で2016年のアカデミー助演男優賞を受賞したが、見事な演技ぶりを考えれば当然だったろう。

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