From NY

2021年7月30日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

(isaxar/gettyimages)

 6月22日、11月に予定されているニューヨーク市長選の予備選が行われた。民主党候補は接戦の末に60歳のエリック・アダムズ氏が当選。アフリカ系アメリカ人のアダムズ氏は元警察官で、2013年からブルックリン区長を務めてきた人物だ。元ニューヨーク市衛生局長だったキャサリン・ガルシアの猛追を退けて、民主党の市長候補代表に選ばれた。ニューヨーク市では市民のおよそ70%が民主党に登録していて、本選でもアダムズ氏が勝利をするのはほぼ確実と予想されている。

市長と共に変わる街並み

 パンデミックから回復しつつあるニューヨークは、現在マンハッタンのワクチン接種率が70%を超えた。夏休み中とあって観光客も戻ってきて、タイムズスクエアは携帯を片手に記念撮影する人々で溢れかえっている。

 だがタイムズスクエアは、いつも観光名所だったわけではない。筆者が1980年にニューヨークに移住した当時、この周辺は市内でも治安のもっとも悪い区域の一つだった。この街の風景は常に移り変わってきたけれど、それはニューヨーク市長の政策と密接に関わってきた。

 初めて訪れた1978年当時のニューヨークは犯罪の多さで悪名高く、女性が一人で観光に行くような街ではなかった。郊外の高校で寮生活を送っていた筆者が、週末に電車でニューヨークに行くと言うと、教師や事務員たちに「どうしても行くのなら、タイムズスクエアには絶対に近づいてはダメよ」と真剣な表情で言われた。当時タイムズスクエアにはストリップ劇場、娼婦たちが立ち並び、強盗やスリなどの犯罪が横行していた。暗くなったら一人で地下鉄に乗ってはいけないとも、言われていた。

 マディソンスクエアガーデンの向かいにあったダイナーで夕食をとっていると、近くのテーブルでNY市警の制服を来た警官が張り込みをしていた。テーブルの上のコーヒーには手もつけず、4人の警官は緊張した面持ちで外をずっと凝視している。一人が何かを叫んだ瞬間、全員拳銃に手をかけながら外にすっ飛んで行った。アクション映画のシーンそのままで、これはやはりエライところに来てしまったと思ったけれど、なぜか怖いとは思わなかった。

景気の回復の代償、家賃高騰

 当時の市長は、1978年から89年まで3期務めたエド・コッチだった。経済破綻して犯罪の巣窟となっていた70年代のニューヨーク市を受け継いで、立て直した人物である。民主党だったが共和党からの公認も受けた初の市長で、予算削減のため市庁舎職員の大々的なリストラを実行し、税金優遇政策で大手企業を次々とニューヨークに誘致した。

 でもその一方で、景気が上昇したマンハッタンは不動産が高騰した。筆者が1980年にマンハッタンに引っ越した後、アメリカ人の知人から「もうすぐマンハッタンは家賃が倍になる」と言われたが、いくら何でも急激にそんなことが起きるわけはないとたかをくくっていた。だが1981年あたりから住んでいたグリニッジヴィレッジのアパートの家賃が高騰し、当時はかなり治安の悪かったイーストビレッジの安アパートに引っ越した。コッチ市長の時代には、貧富の格差が一層激しくなり、多くの中流階級の家族が郊外へと押し出されていった。

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