2024年7月16日(火)

WEDGE SPECIAL OPINION

2021年10月25日

〝近くて遠い〟日本と台湾
初歩的交流すらままならない

 米国の戦略コミュニティーで対中政策と対台湾政策のあり方が積極的に議論される一方で、我が国では台湾海峡に関する危機感が共有されず、政府は従来の政策を基本的に変えるに至っていない。

 政策は時折エキセントリックに適用される場合があるが、1972年に我が国が台湾と断交してから約50年にわたり、各省庁で政策立案に携わる官僚の台湾訪問が制限される状況が続いている。とりわけ防衛省では初歩的な防衛交流すら禁じられてきたことで、台湾の安全保障政策に関する知見が不足するとともに、台湾そのものに対する感度が低くなっているのではないか、との懸念は尽きない。

 かつて司馬遼太郎は台湾を「矛盾が幾重にも重なっている島」と書き、また「多くの人々が台湾の持つ苦悩についての知識をさほどに持っていない」と述べたことがある。数百年間にわたって外部からの侵入者が島を支配する歴史が終わり、台湾出身の李登輝総統による台湾人のための政治が始まったばかりの頃であった。李総統は司馬との対談の中で「台湾のために何もできない悲哀がかつてありました」と過去形で語っている。困難ではあるが今は希望がある、そういう感慨が過去形の中に含まれていたと思われる。

 台湾は88年から民主化を足早に進め、すでに西側の基準から言っても申し分のない民主共和制の〝国家〟であり、大陸中国とは全く違う政治体制の国となっている。脊梁(せきりょう)山脈が南北に走る九州の8割ほどの小ぶりの島に九州の人口の倍近い約2300万人が住み、国民一人あたりの購買力平価は日本より高く、世界の6割以上の半導体を生産するデジタル工業国である。

 しかし、今後の台湾が台湾人ばかりの島となり、今後どのように経済的に繁栄しても、彼らには進む道を自ら選ぶ自由は限られている。世界はひたすら台湾海峡の現状を維持することを望み、台湾の独立を認める気配はない。台湾の安全保障は台湾人やその指導者の意思ではなく、台湾を守るという米国の暗黙のコミットメントの上に成り立っていると主張する米専門家もいる。他方で北京は、台湾と外交関係のある国々を経済力で威し、ひとつまたひとつと台湾から引き剥がしている。

 世論調査によれば、台湾の大半の人は現状維持を望んでおり独立は望んでいない。しかしそれは中国との統一を望むことと同義ではない。李総統の言った「台湾のために何もできない悲哀」はまだ基本的に続いているのではないか。

 今回の政策シミュレーションに向けてシナリオを作成するために文献を読み漁るうちに、台湾独立を標榜してきた民進党主席でありながら、現状維持を唱道せざるを得ない蔡英文総統や台湾の人々の解決しようのない閉塞感を知り、胸が締め付けられた。台湾海峡危機に対する我が国の安全保障を考える目的で始めたシミュレーションだったが、我々にとって台湾政策の根本的なあり方を考える良い機会となった。


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