2024年12月9日(月)

WEDGE SPECIAL OPINION

2021年10月25日

バーチャルからリアルな危機へ
シミュレーションを行う意義

 いかなる形にせよ台湾海峡の平和が損なわれる事態は必ず我が国に波及する。かかる事態が生起したとき安全保障、経済安全保障、国民生活にいかなる影響を及ぼすのか。その影響を最小限に抑えるためには平素からどのような備えが必要か。シナリオをデザインするにあたって、我が国が抱える課題を可能な限り「見える化」できるようにするため、95年の第3次台湾海峡危機を参考にし、事態の烈度と規模を変えた4種類のシナリオ──①グレーゾーン事態が長期間継続する事態②台湾全島が物理的かつ通信情報的に隔離される事態③中国が十分な準備を整えて全面的に武力侵攻する事態、そして④中台紛争の終戦工作──を作成した。

 最も重視した点は、2015年の平和安全法制が台湾海峡危機に関連する事態にどのように機能するか、また関連する制度や計画に欠落などがないかを検証することだ。安倍晋三政権によって我が国の安全保障政策はバーチャルからリアルの世界に入った。

 国家安全保障戦略や平和安全法制は安全保障上の事態に対応できる法制を整え、米軍の武器等防護(自衛隊法第95条の2)などすでに実施に移されている項目がある。その一方で、先島諸島や南西諸島の広域国民保護、台湾からの邦人救出と輸送など、実効化措置が十分ではない項目が少なからず残されている。すべての国家機能を安全保障上の事態に効率的に使用するための事態認定は、政府として演習されていない。したがって、今回のシミュレーションは既存の政策を検証し問題点や改善点を見つけ出す形式とした。

 シミュレーション当日は、退官して間もない官僚と自衛隊の将官、現職国会議員など、それぞれの分野で経験豊かなプレイヤーが役割に徹して活発に議論を重ねた結果、台湾海峡危機に関する我が国の安全保障政策について多くの課題を浮き彫りにすることができた。細部はJFSSの報告書に譲るが、特に次の三つの点を強調したい。

 第一は、安全保障法制や防衛諸計画に関係者が継続して習熟する必要性である。

 プレイヤーには安全保障政策に造詣の深い人々が参加したが、それでも事態認定に逡巡する場面があった。どのように優れた法律であったとしても運用する者が必要な知識と経験を欠いていれば十分に使いこなすことはできない。それ以上に、法律が目指した精神的で哲学的な部分を知らなければ、法律の文面に拘泥するあまり本質を見失ってしまう危険がある。危機管理に関わる閣僚と官僚が政策シミュレーションなどによって安全保障法制の細部にわたって習熟しておくことは危機管理として重要である。

 第二は、台湾海峡危機の抑止や対処には国民のコンセンサスが必要なことである。

 我が国の経済界には、中国との関係を平和的に維持することに対する強い要望がある。しかし、日本の平和と安全が脅かされた場合に、経済界を含めた国民全体のコンセンサスが働けば、政府が束縛なく意思決定できるばかりか、事態をエスカレートさせない抑止力になる。経済界や国民に安全保障政策を理解してもらうため、必要な施策化が急がれる。

 第三は、経済界が台湾海峡危機に正面から取り組まなければならない、ということである。

 中国には約1万3600社の日系企業が進出している。在住者約11万人の多くはビジネスマンと家族だ。言うまでもなく、全企業と日本人は中国政府の監視下に置かれ、日中間で政治的な緊張が高まればいつでもハラスメント対象となる。経済界には台湾海峡危機への備えと覚悟が不可欠である。


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